劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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ズレていても不思議ではないな


三人の金銭感覚

 達也と深雪が揃って窓際の席に座ると大変な事になる。二人はその事を自覚しているので、出来るだけ窓から離れた目立たない席を希望し、水波も大人しくそれに従う。水波としても二人の容姿につられて店が騒がしくなるのは避けた方が良いと思ったので、特に不満はない。むしろ二人と比べ自分の容姿に落胆する人たちが続出しなかったのをホッとしたくらいだ。

 

「このお店、この間雫が教えてくれたんですよ? 結構なビップも来るらしくて、目立たない席を用意していると」

 

「確かにこの場所なら外からは死角になるだろうな」

 

「ですが、有名人でもない私たちがこの場所を希望して、店の人は不思議に思ったのではないでしょうか?」

 

「達也さまは先日までの騒動で顔が知られてしまいましたし、深雪様の容姿を使って客引きをしようと店側が考えたかもしれませんので、この場所を希望されたのは当然だと思います」

 

「私なんかが窓側に座ったからって、お客さんが増えるとは思えないのだけど?」

 

「いえ、それはさすがに謙遜が過ぎると思います」

 

 

 実際さっきから店員が深雪の容姿に見惚れてこの席の側を通り過ぎる時だけ歩幅が狭くなったり、極端に歩くスピードを遅くしたりしている。この場所には女子は二人いるが、水波は自分が見惚れられているなどという誤解はしなかった。

 

「しかし雫は何故この店の事を知っていたんだ?」

 

「お父様のご関係で、何度か来たことがあるみたいでしたよ。その時は普通に案内されたらしいですが、この席の事が気になってお父様にお聞きしたとか」

 

「なるほど」

 

 

 雫の実家は大企業で、こういう店にも来る機会はあるだろう。それ程高い店ではないが、庶民的というわけでもないので、お忍びで有名人が来ても不思議ではない雰囲気がある。そして水波からすれば、達也と深雪がこの席を希望するのは当然であり、店側もこの席に案内するのが当然だと感じていた。だからこそ、とてつもない居心地の悪さを感じているのだ。

 

「やはり、私は場違いなような気がするのですが……」

 

「そんな事ないと思うのだけど……達也様はどう思われますか?」

 

「周りの人間がどう思おうが、水波はこの場にいて問題のある人間ではないだろ」

 

「ほら、水波ちゃんが気にし過ぎなのよ」

 

「そう…でしょうか……」

 

 

 水波からしてみれば、達也と深雪の二人がズレており、自分の感性が正しいと分かってはいるのだが、次期当主と護衛対象にそんな事を言えるはずもなく、自分がこの居心地の悪さを我慢すればいいと自分を納得させていた。

 

「ですが、このような高そうな店に、高校生である私たちが入っても良かったのでしょうか?」

 

 

 水波の金銭感覚は、一般的な女子高校生と大差ないので、この店の料理はどれも高いと感じている。だが一般的な金銭感覚からズレている達也と深雪は、特に気にした様子もなくメニューを見て、さっさと注文を済ませてしまったので、水波は出来るだけ安い料理を注文したのだ。

 もちろん、会計は達也が三人分を支払うので、水波が値段の心配をする必要は無い。だが、いくら奢りとはいえ値段を気にせず注文できるような神経を持ち合わせていないので、水波は先程から居心地の悪さと同時に達也に対して恐縮し続けているのだ。

 

「私や水波ちゃんは兎も角、達也様の事を高校生だと見抜ける人はそれ程いないと思うわよ。達也様からあふれ出るオーラや、立ち居振る舞いは例え高校生だと知っていても指摘できないでしょうし。というか、達也様の事を知っている人間なら、問題なく支払う事が出来るって分かってるでしょうし」

 

 

 達也が有名になった一端は、間違いなく『トーラス・シルバーの片割れ』として会見した事にある。魔法に興味が無い人間でも、あの報道は目にしただろうし、トーラス・シルバーの名前くらいは聞いたことがあるだろう。そして、トーラス・シルバーがどれ程の利益を生み出していたかなど、少し調べればすぐにわかるのだ。いくら高校生とはいえ、利益の全てを放棄していたとは誰も考えない。

 実際達也たちがこの店に入った時、男性店員の一人は達也の顔を見て少なからず表情を変えた。深雪を見て表情を変えるのであれば、水波も気にしなかっただろう。だが達也の事を見て男性が表情を変える意味を考えれば、追い返されずに席に案内された理由は一つしかない。深雪もその事を分かっているようで、水波の不安は不要なものだと言ったのである。

 

「そうそう。このお店のデザートはなかなかのレベルらしいから、水波ちゃんも後で一緒に食べましょうよ」

 

「い、いえ! 私は食事だけで十分ですので」

 

「遠慮する必要は無い。水波も、気になるものがあるなら注文すると良い」

 

「ほら、達也様もこう仰ってくださっているのだから、水波ちゃんも一緒に楽しみましょうよ」

 

「は、はぁ……達也さまと深雪様がそう仰ってくださるのなら……」

 

 

 本音を言えば達也に奢ってもらうだけでも畏れ多いのに、デザートまで強請るのは卑しすぎると水波は思っている。だが達也と深雪に勧められてしまった以上、断るという選択をする事は水波には出来ない。彼女は心の中にある気持ちを抑え込み、深雪と一緒にデザートメニューに目を通し、出来るだけ安い物を注文するのだった。




水波は正しいんだけど、この場ではそれが通用しない……

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