劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1867 / 2283
真面目に話してるんだけど、何処か裏を感じる


母として、当主として

 葉山が用意してくれたお茶を飲みながらのんびりしていた二人だったが、達也が到着したと知らされてすぐに立ち上がり玄関へ向かう。葉山は部屋で待っていたらと言ったのだが、深雪は少しでも早く達也に会いたいという一心で、水波は深雪が行くのであれば自分だけ部屋に残る事など出来ないという思いと、少しでも早くあの居心地の悪さから解放されたい思いで部屋を飛び出した。

 駆け寄ってきた二人に達也は少し申し訳なさそうな表情を浮かべたが、深雪と水波は達也が何か言う前に口を開く。

 

「達也様、お疲れさまでした」

 

「達也さま、深雪様だけなら兎も角、私にまで申し訳なさそうに思う必要はありません」

 

「あら。私にだって申し訳ないと思う必要はありませんよ? 私たちは達也様のお側にいられるだけで幸せなのですから」

 

「すまない、気を遣わせたな」

 

 

 深雪と水波の頭を軽く撫でてから、達也は奥で控えている葉山に視線を向ける。

 

「達也様、奥様がお待ちです」

 

「分かりました。葉山さん、母上のところへお願いします」

 

「かしこまりました」

 

 

 達也は深雪と水波が先に真夜と会っていると思っていたのだが、その事は口にせずに葉山に案内を任せる。葉山の後に達也が続き、その後ろに深雪と水波の順で廊下を進む。

 

「奥様、達也様がご到着いたしました」

 

『入ってちょうだい』

 

 

 先ほどから葉山は達也の事を『様』付けで呼んでいる。本来ならそれが正しいのだが、達也が気分の良いものではないといったので、普段は『殿』付けで呼んでいるのだが、今は立場をはっきりさせるために『様』付けを使っているのだ。

 

「達也様、深雪様、水波殿をお連れしました」

 

「ご苦労様。葉山さん、お茶の用意をしたら下がっていいわよ」

 

「かしこまりました」

 

 

 普段なら葉山を背後に控えさせている真夜だが、今日は葉山にも退出を命じた。その事に深雪は驚きを禁じ得なかったが、達也は眉一つ動かすことなく真夜の正面に腰を下ろす。

 

「まずは、急な呼び出しになってしまって申し訳なかったわね。深雪さんも水波さんも座ってちょうだい」

 

「失礼します」

 

「し、失礼します」

 

 

 真夜の合図で、深雪は優雅に、水波は少し慌てた様子でそれぞれ達也の隣に腰を下ろす。三人掛けのソファなのだが、深雪と水波とでは、達也との距離に少し違いがあった。

 

「水波さんも遠慮せずに達也さんにくっつけばいいのに」

 

「い、いえ! 私はこの距離で十分ですので」

 

「そうなの? 水波さんがそこで良いのなら、これ以上は何も言わないわ」

 

「母上、水波をからかって楽しんでいるのですか?」

 

「未来の娘とのコミュニケーションよ。愛人枠とはいえ、水波さんは私の娘になるのだから」

 

 

 真夜の「娘」という発言に、水波の顔はみるみる赤く染まっていく。自分はあくまでも愛人であり、達也と契りを交わすわけではないと思っていたのだから、その発言の意味を考えれば顔を赤らめても仕方がないだろう。

 

「それで母上、わざわざ水波まで呼び出した理由をお聞きしても?」

 

「そうね。まずは水波さん」

 

「は、はいっ!」

 

 

 真夜に視線を向けられ名前を呼ばれたので、水波は何時も以上に背筋を伸ばして応える。その態度に真夜は苦笑するが、特に指摘することなく話を進める。

 

「この度は我が息子である達也と、姪である深雪を戦略級魔法の脅威から身を挺して守ってくれてありがとうございます」

 

「い、いえ……それが私の存在理由ですので」

 

 

 真夜に頭を下げられ、水波は先ほど以上に居心地の悪さを覚え、慌てて真夜に頭を上げるよう促す。この場に誰かが入ってくるような事は無いと分かっているが、こんな場面を誰かに見られたらという思いから、一刻も早く真夜に頭を上げてもらいたかったのだろうと、深雪は達也を挟んで水波を見詰め、そう結論付けた。

 

「確かに水波さんは深雪さんのガーディアンとして派遣したのだけど、不意打ちに近い攻撃から二人を守れたのは、水波さんの能力が高いから。その事は四葉家に仕えている人間なら分かっている事です。そして九島光宣からストーカーされていたのを分かっていながら、パラサイトをおびき寄せる餌役にしてしまってゴメンなさいね」

 

「光宣さまは私を治療したい一心でパラサイトをその身に宿し、パラサイトとなっても自我を保てると証明したかったのでしょう。彼をおびき寄せる為には、私が餌になるのが一番だと理解していましたので、その事を御当主様が申し訳なく思う必要はございません」

 

「でも、水波さんが餌役を引き受けてくれたお陰で、日本に蔓延っていた妖魔を一掃する事が出来たのは事実。十師族の一員としても、お礼を言わせてちょうだい」

 

「パラサイトを一掃したのは私ではなく達也さまと深雪様です。私はあくまでもおびき寄せる為の餌。パラサイトに対して何もしていませんので」

 

「謙虚ね。水波さんがいなかったらもう少し面倒な事になっていたかもしれないのに」

 

 

 そもそも自分がいなければ光宣がパラサイトに成る事もなかったのではないかと思ったが、それを言っても真夜は納得してくれないだろうと思い、水波はとりあえず真夜の謝罪を受け取り、達也に視線で話題を変えてくれと頼む。その視線を受け取った達也は、カップに残っていたコーヒーを一気に飲んでから真夜に話しかける。

 

「水波に対してお礼を言うだけなら、俺や深雪をわざわざ同行させなくても良かったのでは?」

 

「水波さん一人じゃ恐縮しきっちゃうじゃない? それに、本当の用件はこれからよ」

 

 

 茶目っ気たっぷりな笑みを浮かべる真夜を見て、達也だけでなく深雪と水波も猛烈に嫌な予感に襲われた。




真面目だけで済まない真夜さん……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。