劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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まともな記憶がない


旅行の記憶

 達也の着替えは四葉ビルにも数日分用意されているので、達也の旅行の準備は深雪と水波の二人が行う事で話がついている。その達也は今日も新居の方で寝泊まりをするのでこの場にはいないが、深雪と水波の会話内容は達也の事ばかりだ。

 

「私が達也さまと同室でよろしいのでしょうか……」

 

「叔母様がお決めになった事だから、私たちが何を言っても変わらないわよ……それに水波ちゃんが辞退したら叔母様が達也様と一緒の部屋で寝るとか言い出しそうですし」

 

「そういえば今日の御当主様、随分と大人しく見えたのですが」

 

 

 身内しかいない時の真夜は、達也の事を愛称で呼ぶ。だが今日は一貫して「達也さん」という呼称を使っていたのが、今更ながら気になりだす。

 

「何かを我慢しているようではありませんでしたし、まだ何かとっておきの考えがあるのでしょうか?」

 

「混浴風呂があると仰っていたので、そこで思う存分甘えるのではないかしら。私もですが、叔母様も普通の母子が体験するような事をしてこなかったでしょうし」

 

 

 達也が幼少期の頃、真夜は何度も深夜に達也を引き取ると申し出ていたのだが、深雪を次期当主にするつもりでいた深夜は、達也が真夜の息子であると発表される事を恐れ達也を手放そうとはしなかった。その所為もあるのか、深夜が亡くなってからというもの、真夜は何かにつけて達也を本家へ招こうとしていたのを深雪は思い出していた。

 

「あの頃はまさか、達也様が私の兄ではなく従兄で、次期当主候補筆頭だったとは思いもしなかったわ」

 

「私も、当主は深雪様が継ぐものだと思っていました」

 

 

 水波は当初から達也の事をただのガーディアンだと侮っていなかった。だが次期当主になるとまでは思っていなかったので、受けた衝撃は深雪と同等くらいだろう。

 

「次期当主を指名する慶春会が開かれる前、深雪様は部屋で何か思い悩んでいたようでしたが、あれは達也さま以外の男性を婿として迎える事に悩まれていたのですよね?」

 

「えぇそうよ。例え血の繋がった兄妹だったとしても、私は達也様以外の男の人に抱かれるつもりなど無かったから。でも四葉家の当主となるのなら、何時までも独り身というわけにはいかないから。叔母様は事情があって独り身を貫き通しているからこそ、次期当主は何時までも独り身でいる事は許されなかったでしょうし」

 

「ですが、達也さまが次期当主に指名され、その類まれなる才能を政府に認められ重婚が許され、不幸な女性が生まれる事無く済んだ――までは良かったんですが、まさか外国から妨害が入るとは思ってもいませんでした」

 

「達也様の魔法はそれだけ脅威なのでしょうけども、一人の人間の一生を他人が決めて良いわけがないじゃないのよね。それに、魔法師だって人権があるのだから、それを無視する計画を支持する意味が分からないわ」

 

 

 人類の為の宇宙計画と言えば聞こえはいいかもしれないが、その為に一生を捧げろと言われて素直に応じる必要を、深雪は感じなかった。そもそもディオーネー計画の真の目的は、宇宙開発ではなく達也を――自分たちの脅威となる魔法師を地球上から追いやろうという考えの基作られた計画なので、深雪は最初からディオーネー計画を支持するつもりなどなかったのだ。

 

「そこからスターズの問題や光宣くんのストーカー行為、九島家の陰謀など様々な事が相まって達也様の貴重なお時間を消費させて、その所為で達也様はますますお忙しい時を過ごさなければならなくなったのだから、それ相応の対応があってしかるべきだと思うのだけど、水波ちゃんはどう思うかしら?」

 

「そうですね。スターズの中枢は全く機能していない状況ですので仕方がないとは思いますが、日本政府や魔法協会の人間は達也さまに謝罪すべきだとは思います。まして魔法協会は達也さまをUSNAに差し出せとまで言っていたのですから」

 

「あれは達也様の事情を知らない外務省の人間がせっついた所為ではあるけど、確かに達也様に謝罪すべきよね。もし謝罪するつもりが無いというのであれば、魔法協会ごと氷漬けにして差し上げようかしら」

 

 

 不気味に笑う深雪を見て、水波は本気でしかねないと一抹の不安を懐く。まして深雪の魔法力は達也の力を封じていた分も戻り、それに加えて日々の訓練のお陰で街一つなら簡単に氷漬けに出来るまで成長している。冗談が冗談では済まない状況になるのは何としても避けなければいけないと、水波は魔法協会の言動には細心の注意を払おうと心に決めた。

 

「まぁ、そんな事は兎も角として、達也様と旅行だなんて、雫の別荘に誘われて以来かしら」

 

「顧傑捜索やそれに伴う行動は旅行とは言えませんでしたしね」

 

「論文コンペも純粋に楽しめなかったし、そもそも達也様はお忙しくて参加出来なかったですからね」

 

 

 当時の事を思いだすと、どうしても光宣の事も思い出してしまう。未練はないとはいえ、知り合いを失って平然としていられる程、水波は黒い人間ではない。

 

「水波ちゃん」

 

「はい?」

 

「悲しい表情をしてるわね。まだ光宣くんを悼んでいるの?」

 

「少しだけ……」

 

「そう……優しいわね、水波ちゃんは」

 

 

 本当に優しいのなら、そもそも光宣にバカな事をするなと言えたと、水波はあの時の自分の煮え切らない態度を反省している。はっきりと達也を選んだはずなのに、光宣の暴走を止める事が出来なかった自分を、まだどこか許しきれていないのだと、深雪はそんな水波をそっと抱きしめるのだった。




当時の深雪はまだ達也命じゃなかったからなぁ
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