劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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関係者ですから


真実を知る者

 二日間新居を空ける事になる達也だが、婚約者たちには巳焼島で集中して作業するために向こうで寝泊まりをする、と説明されている。もちろん、真実を知っている夕歌や亜夜子は内心面白くない思いをしているのだが、真夜の決定に異を唱える事は出来ない。

 

「夕歌さん、少しよろしいでしょうか?」

 

「何かしら、亜夜子さん」

 

「ここではちょっと……私の部屋に来てもらえないでしょうか」

 

 

 周りの耳を気にする話題だという事はすぐに分かり、夕歌は亜夜子の部屋に向かう。共有スペースで夕歌と話していた真由美たちは、四葉家内で何かあったのかと疑ったが、まだ四葉家の人間になっていない自分たちが聞いてはいけない内容なのだろうと無理矢理自分を納得させていた。

 

「それで、わざわざ遮音フィールドまで張って、私に何の用かしら?」

 

 

 夕歌と亜夜子はそれ程仲が良いわけではない。むしろ弟の文弥と次期当主の座を争っていた相手ということで、亜夜子は積極的に夕歌と関わろうとはしてこなかった。間に達也を挟んでの会話はそれなりにあるのだが、一対一での会話というのは、夕歌の覚えている限り珍しいことである。

 

「御当主様の決定ですから諦めましたが、何故深雪お姉さままで同行しているのでしょうか」

 

「深雪さんと水波さんは、病気療養の為に二泊三日で四葉家が所有するとある場所に行っただけで、達也さんに同行して巳焼島に向かったわけではない。亜夜子さんだって分かっているでしょう?」

 

 

 達也と深雪たちが同時に東京から姿を消せば、不審に思う人間が出てくる。その事は真夜も重々承知していたので、深雪と水波は魔法の影響が少ない場所で療養させるという理由をでっちあげ、婚約者たちに信じ込ませたのである。

 もちろんそれが嘘ではないかと疑う人も中にはいるのだが、四葉関係者以外立ち入り禁止の地区だと言われては確かめようがない。そして、夕歌と亜夜子は真夜の嘘をばらすような事は出来ないのだ。

 

「達也さんが喜んでこの話に付き合っているのなら、私だって亜夜子さんのように納得出来ない部分は出てきたでしょうけども、これは御当主様が決めた水波さんへのご褒美。魔法が使えなくなるのではないかという不安にも負けず達也さんと深雪さんを守り、攫われるかもしれないという恐怖に蓋をしてパラサイトをおびき寄せる餌として働いてくれたね」

 

「それは、私だって分かっていますけど……なら水波さんだけで十分ではありませんか」

 

「水波さん一人で行動すると、深雪さんが同行するのよりも不審がられる可能性は上がるでしょ? だから御当主様は深雪さんにも同行を命じたんだと思うわ」

 

「………」

 

 

 夕歌の言葉に、亜夜子は反論の余地を見いだせない。確かに水波一人が東京からいなくなると、何故深雪はついていかなかったのか? もしかして治療ではなく別の理由があるのではないか? とツッコんでくる人間が出てくるかもしれない。真夜がそこまで考えていたかどうかは亜夜子には分からないが、とりあえず深雪が同行した方が計画が露呈する確率が下がる事には納得した。

 

「それに私が聞いた限りでは、達也さんと深雪さんは別の部屋よ。亜夜子さんが心配しているような事は起こらないと思うけど」

 

「私は別に……ですが、深雪お姉さまばかりズルいと思ってしまうのは、夕歌さんだって分かってくださるのではありませんか?」

 

「まぁね。深雪さんはずっと妹で、最終的にはライバルにならないと思っていたから我慢できたけど、まさか従妹で婚約者筆頭になるとは思ってなかったもの」

 

 

 達也も四葉家も、婚約者たちに序列をつけたりはしていない。だがどうしても達也との時間が圧倒的に多い深雪が、婚約者たちの中でも頭一つ抜きんでている感じは否めないのである。

 

「こうなったら私たちも今からその施設に――」

 

「さすがに無理じゃない? オープン前の施設だし、私たちには詳細な場所を知る方法が無いもの」

 

「夕歌さんなら、何処にあるか知っているのでは?」

 

「施設の場所を知っているのは、開発担当者たち。それを除けば葉山さんと今回運転手を務めた花菱さんだけよ」

 

 

 そこまで厳重に話が進められていたのかと、亜夜子は真夜の慎重さに驚きを示す。随分と軽いノリで決められた旅行だと聞いていたので、どこかに突破口があるのだと思っていたので、夕歌なら知っているだろうと思っていたので衝撃はかなりのものだった。

 

「達也さんのように特殊な眼を持っていない限り、探すのは無理でしょうね」

 

「そうですか……」

 

「まだ何か言いたそうね?」

 

「いえ、従妹の深雪お姉さまが大丈夫なら、再従妹の私も同行しても問題ないのではないかと思っただけです」

 

「家族旅行だと知っていれば、確かに不満は少ないでしょうが、表向きは治療の為という事になっているのだから、亜夜子ちゃんが同行したら真実がバレる可能性が出てくるわ」

 

「そう…でしたね……」

 

 

 いくら家族旅行と言っても、それはあくまで水波へのご褒美としてのものであり、深雪が抜け駆けしているわけではない。そう自分に言い聞かせて、亜夜子は夕歌に頭を下げる。

 

「わざわざお付き合いいただきありがとうございました」

 

「いいのよ、別に。私も納得出来ない部分はあるんだしね」

 

 

 夕歌も少なからず不満を抱えていると知り、亜夜子は無理に納得する必要は無いと感じたのだった。




ただの嫉妬ですけど、深雪ばかりと思うのは仕方ない

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