劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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散々言ってきた気もしますが


過去の真相

 達也としては逃げ出すつもりなど毛頭ないのだが、右隣を水波、左隣を深雪、そして背後を真夜に囲まれて浴室へと向かう構図になってしまっている。誰も見ていないから勘違いする事も無いのだが、その構図はまさしく「連行」だ。

 だが深雪も真夜も実に嬉しそうな表情を浮かべているので、例え誰か第三者がその光景を見ても「連行」だと勘違いする事は無かっただろう。

 

「達也さんと一緒にお風呂だなんて、一生無いと思っていたわ」

 

「叔母様が計画したのではないですか。ですのになぜそんなにも嬉しそうなのですか?」

 

「だって深雪さん。私は何度も姉さんに『達也さんを返して』とお願いしたのに、姉さんは達也さんを私の許に返してはくれなかった。達也さんを私が手元に置くことで、次期当主を達也さんにするのではないかと疑ってね。その所為で普通の母子ならあって当然の思い出が私には無いの。子供を産むことが出来なくなり、そうなる前に保存しておいた卵子で生まれた私の息子、達也さんとの母子の思い出がね。だから自分で計画した事とはいえ、達也さんと一緒に入浴できることが嬉しいのよ、私は」

 

 

 その気持ちは深雪にも理解出来た。彼女にも普通の兄妹ならあって当然の思い出が一切ない。深夜が必要以上に達也と接する事を禁じ、深雪もそれが当然だと思い込んでいたからである。その所為で達也の真の力を知る事が出来ずに、沖縄で命を落とし掛けたのだ。

 だが深雪は、沖縄で起こった事を不幸な思い出だととらえてはいなかった。確かにあの事件の所為で穂波は命を落としたが、達也の真の力を知り、自分は達也の付属品なのだと思えるようになったからである。その考えは母である深夜には理解されなかったが、必要以上に達也に接する事を禁じられる事はなくなったので、ある程度の理解は得られていたのだろうと深雪は思っている。

 だが達也の真の力に気付いたのが遅過ぎた所為で、深雪は幼少期に味わえたであろう達也との兄妹としての思い出が無い。その反動で何時まで経っても兄離れが出来なかったのだろうと、深雪は過去の自分をそう分析している。

 

「姉さんが何を考えて達也さんの事を手放さずにいたのか、どうして達也さんを使用人以下の扱いをしていたのかは私には分かりません。ですが姉さんは達也さんが私の息子であり、血統的に次期当主に相応しいと分かっていたはずなのにも拘わらず、深雪さんを次期当主にする為に四葉家内に達也さんの真の力を伏せるよう進言し、達也さんの力は面には発表出来ないものだと認められ姉さんの思い通りに達也さんはまともに魔法が使えない、四葉家の魔法師として相応しくない人間と認識された。その所為で私は達也さんを自分の息子だと発表出来ずにいたのよ」

 

「そうだったのですか……ですが、達也様の魔力を封じ込める事は、叔母様も納得されていたのではないのですか?」

 

 

 達也の力を封印する一端を担っていた深雪は、その事が気になった。達也の力を封じるに当たって、深夜だけではなく真夜も一枚噛んでいたはずなのだ。それなのに真夜は全て深夜の所為だと言っているように感じられ、深雪は実の母だけが悪者にされるような気がしてならなかった。

 

「別に納得はしていなかったのだけど、万が一達也さんが四葉家に反旗を翻した場合、誰も止められないという事は生まれた時から分かっていたから。あの時はまだ、深雪さんというストッパーが機能していなかったから、深雪さん諸共消し去ってしまうのではないかという不安があったのよ。だから深雪さんと夕歌さんを枷とし、達也さんの力の一部を封じ込めたの。でも達也さんの成長力は私たちの考えを遥かに凌駕していた。だから人工魔法演算領域を作る事で、達也さん本来の演算領域に負荷を掛け、真の実力を発揮出来ないようにしたのよ。それでも達也さんは、問題なく『分解』と『再成』を使う事が出来たのだけど」

 

「そういう事情があったのですね。私はてっきり、母と同じく叔母様も達也様を貶める事に賛成していたのだと思っていました」

 

「確かに姉さんが存命の時は、私だって達也さんを大っぴらに優遇する事は出来なかったけど、姉さんが亡くなってからは、それなりに優遇していたつもりだけど?」

 

「ですが、研究所から逃げ出した魔法師の処理や、それ以外にもいろいろと依頼していたではありませんか。FLTの名声だって、ほぼ百パーセント達也様のものでしたのに、それをあの男たちがまるで自分たちの手柄であるかのように演じているのを本気で注意したりすることもなく」

 

「まだ達也さんの力を知られるわけにはいかなかったからよ。それは深雪さんだって理解していたのではなくて?」

 

 

 確かにあの時点で達也の力を外部に知られたら、それを利用しようと画策する輩が表れていたかもしれない。ただでさえ今でも自分たちの婚約に異議を唱え、少しでも四葉家の力を削ろうとする家が存在しているのだ。まだ次期当主として内定していなかった達也を「是非我が家に」と考える二十七家が出てきても不思議ではない。

 深雪はそんな事が起こらなくて良かったと心から安堵し、そして真夜の考えの深さに敬服するのだった。




真夜が育ててたらどうなってたんだろう……

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