劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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創り出された奇跡のような気も……


奇跡的な状況

 一緒に風呂といっても、この時代全自動で身体の至るところまで洗う事が出来る。従って一昔のように互いに洗い合う必要は無いのだが、真夜と深雪の強い希望と、水波も控えめながらも二人に賛同したのを受けて、達也は渋々三人の身体を洗う事になった。もちろん、あくまでも背中だけであり、真夜と深雪が期待したような事にはならない。

 

「こうしてたっくんに背中を洗ってもらえる日が来るなんて思ってなかったわ」

 

「母上、口調が崩れていますが」

 

「良いじゃない。ここにいるのは私とたっくん、そして未来の娘二人なんだから」

 

「水波は婚約者では無いのですが」

 

「細かいことは気にしなくて良いのよ」

 

 

 達也としては細かいことではないと思ったのだが、真夜にとってその辺りは細かいことで済まされることらしい。達也に背中を洗ってもらっている事で、当主としての考えが出来なくなっているだけかもしれないが。

 暫く達也に背中を洗ってもらっていた真夜だったが、急に真面目な雰囲気を纏い達也に話しかける。雰囲気が変わった事は達也も気付いているので、彼から声を掛ける事はせずに大人しく背中を洗いながら待つ。

 

「達也さんにとっては感動的な事ではないのかもしれないけど、この状況は私からしてみたら奇跡みたいな状況なのよ?」

 

「四葉家当主として、従者が側にいる屋敷ではこういったことが出来ないから、ですか?」

 

「違うわ」

 

 

 達也は真夜が何に感動しているのか分からない。彼には感動するという感情も残されていないので、気持ちを聞いても共感は出来ない。だが聞かずにいるのも気持ちが悪いので、達也は真夜に真意を尋ねる。

 

「では、この状況とは、いったいどの状況を指しているのですか?」

 

「達也さんはもちろん知っているとは思うけど、四葉家が『アンタッチャブル』と他国から恐れられる原因となった事件の発端、あれは私が誘拐され『いろいろ』された事だから。その所為で私は女としての幸せを得る事が出来なくなり、姉さんは私との姉妹の絆を失くした。まぁ、元々あまり仲は良くなかったのですが、あれが原因で私たちの仲は悪化の一途をたどる事になったのだけど」

 

 

 真夜と深夜の仲が悪いことは達也も知っていたし、その原因も幼い時から知っていた。真夜が深夜の事を話題にする事は非常に珍しく、達也でも数える程度しか覚えがない。その話題から何をどうすれば感動的な事に繋がるのか、達也はますます理解に苦しんだ。

 

「私が捕まる前、万が一に備えて冷凍保存していた卵子を授精させ、姉さんに代理出産を頼んで生まれたのが達也さん。本当なら出産と同時に私の許に返してもらう予定だったのだけど、達也さんの魔法特性を知って私が世界に復讐をする道具として使うのではないかと恐れた先代が、私には返さず姉さんに達也さんの世話を任せたの。その事が決定してすぐ、姉さんは深雪さんを授かり、彼女を次期当主として育てようとした。龍郎さんの立場だって、安泰だとは思っていなかったからかしらね」

 

 

 深雪の父、司波龍郎はFLTの本部長として活躍しているが、その功績の殆どは達也が関係したものであり、達也の事を冷遇していたためにその地位も危うくなっている状況だ。だが当時から深夜が龍郎の事を軽んじていたのかどうか、達也には知りようがない。あまり仲の良い夫婦ではなかったかもしれないが、離婚するような感じでもなかったと記憶しているので、当時から龍郎の地位が危うくなると達也は思っていなかった。

 

「四葉家内では、龍郎さんが浮気している事は把握していたの。本人たちからすれば浮気じゃないのかもしれなかったけども、姉さんという妻がいながら他の女と付き合っていたのだから、十分浮気よ。まぁ、そういう事もあって、龍郎さんは遠くない将来FLTから追い出されると思っていても不思議ではないでしょ? だから姉さんは当主の姉ではなく、次期当主の母としての地位を確立しようとしたと私は思っていたわ。達也さんの真の力を開放させないままなら、深雪さんが次期当主に選ばれると確信していたようだし」

 

 

 四葉家の次期当主の指名は、現当主だけが出来る事であり、姉である深夜が口を挿めるものではない。だが彼女が存命で、達也の事を龍郎に押し付けて四葉家から遠ざける事は可能だ。そうなっていれば、いくら真夜が達也の真の力を知っていても彼を次期当主に指名する事は出来なかっただろう。

 

「亡くなった人にこんなことを言うのは罰当たりかもしれないけど、姉さんが死んでくれたお陰で、達也さんを次期当主に指名する事が出来て、こうやって母子で一緒にお風呂に入る事も出来たの。だからこの状況は私にとって感動的な事であり、奇跡的な事なのよ。龍郎さんが達也さんの事を軽んじてくれていたお陰で、彼は今苦しい思いをしているのだから」

 

 

 龍郎が深夜から達也の事を少しでも聞いていれば、この状況は無かっただろうと真夜は思っている。その事も加味して奇跡的な状況だと感じているのだと、達也は真夜が何を思っていたのかを理解した。

 

「そういうわけだから、この次は深雪さんと水波さんにその感動的な体験をさせてあげてちょうだいね」

 

 

 話が終わって満足したのか、真夜は深雪たちが待っている湯船へと向かい、達也は真夜の考えを聞かされ、彼女が感動していたことに納得したのだった。




結局軽い感じになっちゃう真夜さん……

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