何時までも洗い場で時間をつぶせるわけもなく、達也は三人が待つ湯船へと向かう。もしかしたら水波は待っていなかったかもしれないが、間違いなく深雪と真夜は達也が来るのを今か今かと待っていただろう。
達也が近づいてくるのを感じた深雪は、今更ながら自分の身体を確認して「何故もっと痩せられなかったのだろうか」と後悔の念を懐いたが、元々細すぎる深雪がこれ以上痩せたら、逆に心配されてしまう結果になっていただろう。
一方の真夜は、長い間夢見ていた達也との入浴が叶う瞬間が近づいてきているのを感じ、興奮に胸を高鳴らせている。
「たっくん、早く早く」
この中で間違いなく最年長――達也の母親なのだから当然だ――なのだが、今の真夜は楽しみ過ぎて待ちきれなくなっている子共のように思える。水波は些か冷静さを取り戻した頭でそう感じていた。
「あまり風呂場で騒ぐのは感心しませんよ、母上」
「私たちしかいないのだから少しくらい良いじゃない」
「人がいなければ良い、というわけではないと思うのですが」
「たっくんは真面目よね。まぁ、そういうところも好きなんだけど」
今の真夜に何を言っても無駄であると感じた達也は、湯に浸かりながらため息を吐く。四葉家当主としていろいろと我慢を強いられている事は知っているので、たまに羽目を外すくらいは大目に見た方がいいと分かってはいる。いるのだがそれにも限度があるのではないかと思い、思わずため息が漏れたのだ。
「達也様、叔母様は長年この時を待ち望んでいたのですから、多少の事は目を瞑って差し上げては如何でしょうか？」
「分かってはいるんだがな」
真夜の見た目だけを見れば、少しはしたない程度で済むのかもしれない。だが実年齢を知っている身とすれば、もう少し落ち着きを持って欲しいと感じてしまうのも無理はないだろう。深雪も達也のそんな気持ちを理解しながらも、真夜の気持ちも理解出来るので達也よりかは冷静な態度を保てている。
「本当なら本家のお風呂でゆっくりしたかったんだけど、まだたっくんの事をどう扱えば良いのかに頭を悩ませてる使用人もいるからね。私と一緒にお風呂に入ったなんて知ったら、逆上してたっくんに襲いかかる人も出てくるかもしれないから。まぁ、そんな事になってもたっくんに返り討ちにされた上、私と深雪さん、夕歌さんに亜夜子さんといった面々から死んだ方が楽と思える仕打ちをされるのだけども」
「叔母様。今本家近くにはリーナもいます」
「そうね。ＵＳＮＡが誇っていた最強魔法師集団スターズの総隊長だった『アンジー・シリウス少佐』もいるのだから、もしかしたら本当に死んでしまうかもしれないわね」
リーナの魔法はそれこそ亜夜子や夕歌では対抗できない程の威力がある。専用のＣＡＤがない事を差し引いても、四葉家内で対抗出来るのは深雪や達也くらいだろうと真夜は想っている。それだけにリーナが四葉家の敵ではない今の状況は非常にありがたいものだとも感じている。
「そもそも達也様は御当主様が正式に次期当主にご指名なさった御方です。四葉家に仕えるものとして、何時までも過去の考えに囚われているのは如何なものかと思います」
「水波さんのように若い子は、そういった柔軟な考え方が出来るのかもしれないけど、歳を重ねる毎にそういう考え方が出来なくなっていってしまうものなのよ。姉さんの所為で達也さんは四葉家とのかかわりが少なかったから、どう扱えば良いのか戸惑ってしまっているのも否めないけど」
「ですが、私のガーディアンとして四葉家との繋がりは残っていましたし、実績は十分に残していたはずですよね？ それでもやはり、ガーディアンだからという目で見られていたのでしょうか？」
「達也さんの功績の殆どは龍郎さんたちが持って行ってしまってたからね。トーラス・シルバーとしての名声はあっても『司波達也』としての功績は無いと思われていたのではないかしら。その二人がイコールだと分かっていながらも、それを認めようとしなかった人たちですから」
「あの、そろそろ部屋に戻りませんか？」
「水波ちゃん、逆上せたの？」
「少し……」
それほど長い時間浸かっていたわけではないが、達也と一緒という事で水波は何時も以上に早く逆上せてしまった。このままでは湯あたりして達也に介抱してもらうという展開になりかねないので、水波は早めにギブアップを宣言したのだ。
「仕方がありませんね。別に今日しか入れないわけではないですし、これはあくまでも水波さんへのご褒美旅行ですからね。水波さんに無理を強いるわけにはいきません」
「そうですね。水波ちゃん、一人で歩ける？」
「大丈夫です」
自分たちが楽しんでいるが、これはあくまでも水波へのご褒美であることは忘れていなかったようで、真夜も深雪も意外とすんなりと部屋へ戻る事を決めた。
「たっくんはもう少しゆっくりしていてね。水波さんの着替えを見たいのなら別ですけど」
「そういった趣味は持ち合わせておりません」
「分かってるわよ。それじゃあ水波さん、脱衣所で身体を拭いて、部屋でゆっくりしてちょうだい」
「はい、ありがとうございます……」
少しふらつきながらも、水波は自分の脚で脱衣所まで向かい、何時もより時間をかけて身体を拭いて服を見に纏う。部屋に戻って横になってから、この部屋が達也と同部屋である事を思い出し、風呂とは違う理由で逆上せそうになったのだった。
真夜さん、少しは歳をｋ……