劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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珍しく水波オンリー


入院中の思い

 部屋に戻って気持ちを落ち着かせていた水波だが、部屋で一人という状況で心細さが蘇ったのか、ふと窓の外に視線を向けた。もう誰も襲ってくることはないと分かっているのだが、一人でいると光宣が自分を攫いに来るのではないかという気持ちが蘇ってくる。

 光宣の事は嫌いではなかった。むしろ気になる異性であっただろう。だが水波は光宣に対して恋愛感情は懐かなかった――懐けなかった。それは光宣の容姿が人間離れしているとか、立場の違いとかからではなく、既に達也に恋心を懐いており、光宣に対する思いはそれよりも弱かったからだ。

 光宣に自分の気持ちをはっきりと伝えたと水波は思っていたし、周りも水波は光宣ではなく達也を選んだと理解していた。しかし光宣だけは水波の気持ちを受け容れようとはせず、自分と同じ妖魔になってほしいと言ってきたのだ。無論そんな事を受け容れられるはずもなくはっきりと拒絶したのだが、光宣は急に言われても受け入れられないだろうからと言い、時間を空けて返事を聞かせてと言い残した。

 時間を空けたからと言って答えが変わるはずがない。それは光宣にだって理解出来ていたはずだ。彼は達也と戦い自分がいかに優れているかを証明しようとしたが、あえなく達也に敗北した。パラサイトの治癒能力が無ければ、あの時点で『九島光宣』は死んでいただろう。

 だが治癒能力があった所為で、光宣は負けを認める事をせず、諦めないと宣言して逃げて行ってしまう。そこからは常に光宣の陰に怯える日々を過ごしていたのだ。一人になって心細くなればその事を思い出してしまっても仕方がないだろう。

 

「(光宣さまは、もういらっしゃらないと分かっているのに……)」

 

 

 世界中を巻き込みかねない事態だったが、それを終わらせたのは達也だ。その事を知っている人間は多くはないが、水波は知っている。話題の中心にいたのだから当たり前だが、達也のおかげで今こうしてのんびり出来ているのだと改めて実感し、従者として恥ずかしくさえ思えてきている。

 

「(本来であれば、私は達也さまや深雪様をお守りする立場……それだというのに私の所為で達也さまや深雪様、そして多くの四葉家の魔法師の方々にご迷惑をおかけしてしまいました……)」

 

 

 達也も深雪も「迷惑だ」など思っていない。むしろそんな事を水波が思っているとしれば、深雪は悲しむだろう。

 だが水波の立場を考えれば、そう思ってしまうのも仕方がないのかもしれない。彼女はあくまでもガーディアンであり、深雪は守るべき相手。達也は自分の先輩ガーディアンであり四葉家次期当主。そんな二人の時間を自分の為に使わせていたのだから、水波がそんな事を考えてしまうのも無理はないだろう。

 

「(一生かけてでもこのご恩はお返ししなければいけませんね……)」

 

 

 しかし、どうすれば恩が返せるのか。水波はその事で頭を悩ませている。家事を担当しようとしても、深雪がそれを許してはくれない。達也が四葉ビルに滞在している間、水波はなかなかキッチンへ入らせてもらえないのだ。もちろん、お茶の用意だとか洗い物とかは手伝わせてもらえるのだが、食事の準備となると一切の手伝いを認めてもらえない。それくらい深雪は達也の世話を誰かに任せたくないのだ。

 家事がダメだからと言って他の何かで奉仕出来るわけではないので、水波はますます頭を悩ませている。並大抵の男性なら、水波のような少女が『奉仕』してくれると知れば喰いつくかもしれない。だが達也はそう言った事にほぼ興味がなく、相手が求めれば応じるといった感じでしかない。無論高校を卒業するまでそういった行為はしないと宣言しているので、婚約者たちも今のところは大人しくしているのだが。

 

「(達也さまに対するお返しだけでなく、深雪様に対するお返しも良く分かりませんし……)」

 

 

 達也だけでなく、深雪も水波に恩返しをしてもらいたいとは思っていない。だがいくら主たちが気にしていなくても水波は気にしてしまう。そういった性格だというのもあるのだが、二人の立場と自分の立場を考えれば、迷惑を掛けた時点で二人の前から消え去った方がいいのではないかとすら思ってしまうのだろう。

 無論水波が二人の前から去ろうとしても、達也には自分の居場所はバレてしまうだろうと水波は思っている。万が一自分が光宣に攫われてしまった場合に備えて、達也は水波の情報に『眼』を残しているのだ。

 

「(私には分からないですが、達也さまは何時でも私の事を「視」る事が出来るのですから)」

 

 

 何をしていても知られているのではないかと初めは思ったのだが、達也は必要時以外は眼を向ける事はしていない。だから水波もすぐに眼の事は忘れて治療に専念出来た。だが改めて自分の中に達也の能力が残されていると思うと、水波は急に恥ずかしさを覚えた。

 

「(気にし過ぎだと分かっているのですが、こればっかりは仕方ありませんよね)」

 

 

 誰に言い訳するでもなく、水波は心の中でそう呟いた。その呟きが聞こえたわけではないだろうが、水波が諦めたタイミングで達也が部屋に戻ってきて、彼女は慌てて達也にお茶の用意をするのだった。




もう少し気楽に考えられればいいんでしょうがね

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