劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1878 / 2283
まだ隠居する歳ではないが


隠居への思い

 食事の時間までは特に会話もなく、達也と水波は部屋でそれぞれの時間を過ごしていた。互いに相手がいて不快だと思う事もなく、達也に至っては水波がいる事を忘れているかの如く端末をせわしなく操作している。

 達也の立場を考えれば旅行先だろうとゆっくり出来ないという事は水波も分かっている。だがこの旅行に来る前もFLTでひと作業済ませてきたはずなのになぜあそこまで急いで処理しなければいけない事案が発生しているのだろうと思ってしまう。

 

「(何時までも達也さまに頼り切りでは、達也さまが正式に御当主の座に就いたらどうなるのでしょうか)」

 

 

 達也が当主の座に就いた後も研究を続けるというのは水波も分かっているし、彼が研究を止めてしまったら魔法師の未来は閉ざされたままになってしまうだろうとも思っている。だが何時しかFLTの研究を手伝う余裕が無くなるという事は、水波でなくても理解しているはずだ。それなのにFLTからは達也に対する解析依頼が頻繁に送られてくる。

 

「(達也さまにしか出来ない事だという事は理解していますが、達也さまを呼び寄せるのではなくご自分で持ってくるのが筋ではないのでしょうか)」

 

 

 深雪と長い時間一緒に過ごしているからか、水波の考え方はだんだんと深雪に似てきている。深雪程過激な事は考えないが、達也を敬って当然の相手だと考えるようになっている。

 次期当主という事を加味すれば当然の考え方なのかもしれないが、次期当主という事を差し引いてもそうあるべきだと考える程、水波は深雪の考え方に毒されていた。

 

『達也様、水波ちゃん、食事の用意が出来たようですので食堂に向かいましょう』

 

「分かりました、深雪様」

 

 

 部屋の外から掛けられた声に水波が反応する。達也は気配で深雪が部屋に近づいてきている事が分かっていたようで、先ほどまで操作していた端末はすでにしまわれている。

 

「達也さま、深雪様がお迎えにいらしてくださいました」

 

「あぁ、分かった」

 

 

 自分が声を掛けなくても達也なら分かっている。だが声を掛けないわけにはいかないので水波は達也にそう告げる。達也の方も水波が声をかけてくると分かっていたようで、それまで動こうとはしなかった。

 

「水波ちゃん、体調は大丈夫かしら?」

 

「はい、ご心配をおかけしました」

 

「お風呂の事もそうだけど、水波さんはまだ『完治』していないのだから、具合が悪くなったらちゃんと言ってくださいね」

 

「はい、そちらの方も問題ありません」

 

 

 深雪だけでなく真夜も側にいるのだ。多少なりとも水波に影響を与えてしまうのではないかと二人が不安に思うのは仕方がない。それだけ二人の魔法力は高く、周りに影響を及ぼす危険性も高い。

 

「水波に異常があれば俺が分かりますので、母上は必要以上に気にしなくても大丈夫です」

 

「それはそうかもしれないけど、これは達也さんを休ませるためでもあるのだから、達也さんに頼り切りになるのは違うと思うのよ」

 

「現場を離れていても情報は常に送られてきますし、こちらで解決できる問題は端末を使って指示を出していますので、休んでいるのかと聞かれれば微妙ですね」

 

 

 先ほどまで端末を操作していたのを知っている水波は、確かにあれでは休んでいるとは言えないと感じた。それだけ達也が頼りにされているという証拠なのだが、それを素直に喜べないと感じている。

 

「達也様がいらっしゃれば魔法技術は更なる発展をする事は間違いないでしょうけども、何時までも達也様が現場に出る事は難しいでしょうから、早く他の技術者の方たちのレベルを上げませんといけませんね」

 

「達也さんのレベルまで到達出来る技術者がそうそういるとは思いませんが、せめて達也さんの足下程度には技術を身に付けてもらいませんと、私も安心して隠居出来ません」

 

 

 真夜は早く達也に当主の座を譲り、自分は孫の相手でもしてのんびり過ごしたいと思っている。だがUSNAの横槍の所為でESCAPES計画が予定以上に早くスタートし、その所為で問題が山積みになっているのだ。高校を卒業したからと言って達也が当主の座に収まるのは難しいだろう。

 その原因の一端となっているのが、技術者レベルである。世間一般からすれば十分なレベルを有している彼らだが、魔法熱核融合炉という加重系魔法の三大難問に取り組むには些か力不足。学生である鈴音の方が知識があるのではないかと思われる程の者も参加している。

 

「市原先輩だけでなく、中条先輩や五十里先輩も卒業後はESCAPES計画に関わりたいと仰っていただいておりますので、あと数年経てば達也様が現場に赴かなくても滞りなく作業が出来ると思います」

 

「安定供給するにはまだまだ時間がかかりそうね」

 

「既に一部だけであれば賄える程のエネルギー量は確保出来るくらいにはなっているのですが、世界中のエネルギーを賄う為には、まだまだ問題は山積みですからね」

 

 

 魔法師の地位向上を目指しての研究なので、一部だけを賄えればそれでいいわけではないという事は真夜たちも理解している。その為にはもう少し達也が忙しい思いをしなければいけないという事も分かっているので、真夜はあと数年は隠居出来ないとある種の諦めの念を懐いているのだった。




孫が出来たら激甘になりそうだ

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。