劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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平和には終わらない


襲撃の匂い

 食事を済ませて部屋に戻る途中、珍しく真夜の端末が鳴る。緊急の用件でもない限り連絡するなと言ってあるので、連絡がきたという事は緊急の案件が発生したのだろう。

 

「はい、葉山さんどうかしました? ……えぇ、分かったわ」

 

 真夜は端末を操作してスピーカーフォンに切り替える。この時代になってもこういった機能は残っている。

 

『真夜様、達也様、深雪様、水波殿、お寛ぎのところ申し訳ございません』

 

「構いません。それで葉山さん、母上の端末に連絡を入れたという事は、かなり緊急の用件ですよね」

 

 

 一応質問の形をとっているが、達也は相当急ぎの用件が入ったと確信している。葉山も達也がそう思っているのは分かっているので、余計な事は言わずに本題に入る。

 

『国防軍と外務省が達也様を密に葬り去ろうと計画している事が判明いたしました。達也様が彼らの手にかかる事はないと分かってはおりますが、周りに被害が出ては再び達也様の立場が危うくなるのではないかと思い、急ぎ連絡を入れた次第でございます。国防軍の方で動いているのは、国防軍情報部所属曹長・十山つかさであると判明しております』

 

「また十山ですか……」

 

 

 九島を処分した際、真夜は十山家も処理した方がいいのではないかと達也に提案した。だが達也は十山は放っておいても問題ないと判断した。だがその事を十山つかさが知っているはずもなく、性懲りもなく再び達也を捉えて『教育』しようとしているのだ。

 

『そちらに人を向かわせましょうか?』

 

「いえ、情報部が動いているという事は、既にこの周辺を包囲していると考えた方が良いでしょう。実際先ほどから、四葉家の関係者ではない気配が幾つも感じられますので」

 

『然様ですか。達也様、貴方様を頼るのは間違っているとは思いますが、真夜様の事をお願い致します。こちらも出来るだけ早くそちらへ向かいますが、襲撃開始に間に合うかどうかは分かりませぬので』

 

「俺に出来る事はしますが、敵を捕らえるのは難しいと思います。最悪、消してしまうかもしれません」

 

 

 達也は殺人に禁忌を懐いていない。死体すら残らないのだから殺人と言えるかどうか微妙、という事もあるが、既に何百、何千という相手を消しているのだから、今更何も感じないというのが正直な気持ちだろう。

 葉山の方も、達也ならばそれもやむなしと思っている。一応民間企業が経営する施設を襲おうとしているのだから、非は向こうにある。何か問題にされてもそれを言えば表沙汰には出来ないだろうし、達也ならば国防軍と外務省を丸ごと消し去る事も可能だ。もちろん、その後に面倒が襲ってくるだろうが、生きてさえいればどうとでもなる。それだけの力が四葉家には存在するのだ。

 

『出来れば全員生きて捕えてもらえた方が、後々の面倒を緩和する事が可能ですが、最悪の場合は一人だけ残っていれば問題ありませぬ。達也様は真夜様、深雪様、水波殿の安全を考えて行動してくだされば問題ありませんので』

 

「分かりました。しかしなぜ今更情報部が? 十文字克人を擁して俺を捕らえようとして失敗、エリカ率いる警察部隊に鎮圧されて大人しくしていたはずの彼らが、今更復讐を企てるとは思えませんが」

 

『これは不確定な情報なのですが、九鬼家と九頭見家の人間が九島家を数字落ちに追いやった腹いせに情報部と外務省を唆して動かしているらしいのです』

 

「あらあら、九鬼家と九頭見家はよっぽど死にたいらしいのね」

 

『奥様、あくまでも不確定情報です。情報の確認が取れないまま二つの家を糾弾しても意味はありません。むしろ四葉家を窮地に追いやる結果になりかねませんので、くれぐれも勇み足せぬようお願いいたします』

 

「分かってるわ。ですが、九鬼家と九頭見家だけの力で情報部と外務省を騙せるとは思えませんね……どこか別の家が関わっているのではないかしら」

 

 

 真夜の頭の中には、七草家当主の顔が思い浮かんでいる。表面上は友好な付き合いをしていこうとしているが、二人の因縁はそう簡単に割り切れるものではない。むしろ達也の存在が公になってからというもの、弘一の真夜へ対する嫌がらせの質は、より悪質になったと言えるだろう。

 

『そちらも並行して調べておりますが、何よりも優先されることは、皆様の身の安全でございます。達也様がご同行しているのは不幸中の幸いですが、無茶だけはせぬようお願いいたします。まして水波殿は魔法を使えない状態ですので、そちらも重ねてご注意くださいませ』

 

 

 水波がいざという時に魔法を使うだろうと確信している葉山は、水波にではなく深雪に釘を刺した。深雪から命じれば水波は逆らえない。咄嗟に魔法を使おうとしても、深雪の命令を思い出して踏みとどまるだろう。

 葉山はその事を知っているのか、自分ではなく深雪に水波を止めるよう頼んだのだ。深雪はそんな葉山の思惑など気付けないまま、水波に魔法を使う事を禁ずると命じた。

 

「水波ちゃん、達也様を信じて」

 

「……かしこまりました」

 

 

 そう言われただけで、水波は鞄の中に忍ばせているCADを取りに行くことを諦め、襲われても大人しくしていようと思わざるを得なくなってしまったのだった。




水波が動いたら大変だ……

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