劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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あそこから此処に持ってくるのに苦労しました……


密入国者

 小春が論文コンペの代表を辞退したその日、千秋はとある場所へと向かっていた。前々からネットで相談していた相手に会うためにアポを取り、漸く今日会う事が出来るのだ。

 怪しいとは千秋も分かっている。こういった事は昔からろくな事にならないと言うのも理解している。だが千秋の中に芽生えた達也への疑問。一緒に出かけた限りでは悪い人では無いと分かるのだが、如何しても拭えない不信感が千秋の中にはあるのだ。

 

「此処……だよね」

 

 

 指定の場所にやって来た千秋は、相談相手を探す為に視線を左右にさまよわせる。見た感じ危ない雰囲気では無いがなるべくなら関わりたく無い感じがする場所だと、千秋には感じられた。

 

「失礼、平河千秋さんですね?」

 

「えっと?」

 

「始めまして、周公瑾と申します」

 

「周公瑾さん?」

 

「周で良いですよ」

 

 

 人好きの良さそうな笑みを浮かべ、周は千秋と店の奥のテーブルに腰を下ろす。

 

「それで、相談事と言うのは?」

 

 

 周に促されるがままに、千秋は口を開く。

 

「お姉ちゃんがああなった原因の事故……もしかしたら司波君は気付いてたのかも知れないって思ったら何だか分からなくなって……」

 

「その司波君と言うのは、お姉さんが自信を失いかけた事故の原因に気付いてたのですか?」

 

「その後で妹さんが使うCADに細工されたのを現場で見つけて犯人を取り押さえてました」

 

「そうですか……ならきっとお姉さんの時にも気付いてたのでしょう。気付いてて知らないフリをしたのでしょう」

 

「でも、何でそんな事を……」

 

 

 周の目を見ながら千秋は問いかける。既に周の暗示にかかってるとも気づけずに、千秋は初対面の男のいう事を信じていく。

 

「もちろん貴女のお姉さんを絶望に導く為ですよ。自分は優れてると知らしめる為に。世間の評価など意味が無いと大勢の人間に知らしめる為に、貴女のお姉さんとそのご友人は生贄にされたのですよ」

 

「でも、司波君はお姉ちゃんに学校を辞めるなって……」

 

「せっかく絶望の淵に追いやった獲物に辞められたら困りますからね。貴女はその司波君とやらを如何したいですか?」

 

 

 相手の嫉妬心、復讐心を煽り意のままに動かす。周公瑾という男は他人を動かすのに長けている人間だったのだ。

 

「もし本当なら同じ目に遭わせたい。お姉ちゃんを絶望に追いやった司波君に同じ苦しみを与えたい」

 

「そうですか。では私も協力しますよ」

 

「でも、今は何も出来ない……彼は特に重要な事をしてる訳でも、戦闘技術で私が勝てるとも思えないし……」

 

「お姉さんは代表を辞退したのですよね?」

 

「はい……」

 

「その代役は誰になるのでしょうか?」

 

 

 周の質問に、千秋は少し考えてから首を左右に振った。

 

「分かりません……」

 

「そうですか。では分かり次第連絡ください」

 

「はい……」

 

「では」

 

 

 話し合いが終わり周は千秋を店の外までエスコートする。使い物になるか分からない得物だが、可能性がある限りこの男は大事にするのだった。

 

「(司波ですか……確かあの獲物を持ってるのは司波とか言ったような……調べておく必要がありそうですね)」

 

 

 千秋と別れた周は、誰にも気付かれる事無くその場から消え去った。まるで初めから存在しなかったかのように……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千秋が周と話した日の夜、そろそろ日付けも変わろうかとしてる時間に、横浜の山下埠頭では息を殺している存在が数多く居た。

 

「何でこんな事しなきゃいけないかな」

 

「警部、仕事なんですからしっかりしてください」

 

「そうは言ってもね、稲垣君。せっかく帰れると思ったらこれだよ? ぼやきたくなるでしょうが」

 

「つべこべ言わずにさっさと追いますよ」

 

「人遣いが荒いね~僕は上司だよ?」

 

「歳は自分の方が上です」

 

 

 息を殺してる存在を捕まえる為に、二人の刑事が山下埠頭に足を運んでいた。

 

「やっぱりあそこなのかねぇ」

 

「警部! 船がある模様です!」

 

「あらら、あそこに逃げ込まれたら駄目だね」

 

「だったら何とかしてください!」

 

「えー俺が?」

 

 

 まったくやる気の感じられない上司に、稲垣が怒る。

 

「あのねぇ、やる気が出ないのは分かりますが、仕事なんですから一応はやる気を出してください! 仮にもあの剣術の大家の息子でしょうが!」

 

「はいはい……何だか妹に怒られてるようだ」

 

 

 やる気の欠片も感じられなかった男、千葉寿和警部は船に向けて斬撃を放つ。

 

「稲垣君、船止めてくれる?」

 

「自分は沈めるかもしれませんよ?」

 

「大丈夫だって。責任は部長が取るだろうし」

 

「自分が取るとは言わないんですね」

 

「だって面倒な事だけ押し付けて責任まで取らされてごらんよ。泣きたくなるだろ?」

 

「知りませんよ……」

 

 

 寿和の言い分を丸々無視して、稲垣は船を止める為に魔法を発動する。

 

「お見事。だけどやっぱり人手不足だよね」

 

「仕方ないじゃないですか。魔法に関わる犯罪に対抗出来るのは魔法師だけなんですから」

 

「ホントは他にも居るんだけどね。それよりも、もぬけの殻だ」

 

「やはり何処か別の場所に」

 

「まったく、骨折り損とはこの事だね。稲垣君、報告は任せるよ。僕は帰るから」

 

「警部! この後ちゃんと部長に報告しないとまた始末書ですよ」

 

「やれやれ……この前だって悪い事はしてないんだよ?」

 

 

 ボヤきながらも寿和は稲垣に連れられて本部へと向かう。サボろうにもこの年上の部下の監視が厳しくてなかなかサボれないのが彼の現状なのだ。

 二人が言っていた相手は、遠く離れた場所……ではなく、中華街のとある場所に移動していた。そしてそれを迎えたのは、見目麗しい一人の青年だった。

 

「お疲れ様でした、陳閣下。そして皆様。着替えておくつろぎください。朝食も用意させております」

 

「わざわざすまないな、周先生」

 

「いえいえ、これが仕事ですので」

 

 

 怪しく笑う青年を見て、陳は一度眉を上下に動かしただけで興味を失った。彼の後にゾロゾロと続くのはとある国からの密入国者。周公瑾の仕事の一つは、このように密入国者を迎え入れて当面の面倒と休息の取れる場所を提供する事だったのだ。

 

「ところ陳閣下。例のものを持ってるのは」

 

「司波小百合の事か? それが如何かしたのか?」

 

「いえ、思わぬ偶然でカードが一枚増えましたのでご報告をと思いまして」

 

「カード? まぁ好きにするが良い。だが邪魔だけはするなよ」

 

「是」

 

 

 短くそう返事をし、周は千秋が使えるか如何か答えを待った。後日彼女から知らされた内容で、周は千秋を使う事にしたのだった。




千秋、如何しようかな……

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