劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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消し去られなかっただけでも御の字だと思わないと


つかさとの交渉

 対峙して五分と経たずに不利な戦況に陥った情報部所属の魔法師たちは、改めて達也の規格外さを主知る事となった。

 

「遠山曹長、やはりこの作戦は無謀だったのではありませんか」

 

 

 今回の隊長を務めている魔法師が、十山つかさに詰め寄る。彼はあくまでも隊長であり、この作戦を立てたはつかさだという事にしたいようだ。

 

「私たちは軍属です。上層部から指示された事は遂行しなければいけません。今回の襲撃は外務省から依頼され、上層部が我々に実行を命じたものであり、その責任は私一人のものではありません。それに隊長殿も、今回の作戦に関しては前向きだったではありませんか」

 

 

 全方位を囲み、何時でも討ち取れると信じていた布陣があっという間に破られた所為で動揺しているのだろうとつかさも理解している。彼女も少なからず動揺しているし、達也の規格外さを読み違えたと後悔している。だがその責任を現場で押し合っていても何も解決しないという事を理解しているので、隊長よりかは些か落ち着いているように見えるのだ。

 

「(十文字克人が真正面から敗れたというのは、その場の運というわけではないみたいですね……これだけに人数を投じた作戦だというのに、五分ももたずに壊走とは)」

 

 

 つかさは達也と克人の戦いを直に観たわけではない。映像ではもちろん観ているが、映像では達也の殺気などは再現出来ない。その所為か先ほどから近づいてきている殺気に、つかさの本能は「逃げろ」と彼女に命じている。

 

「もう終わりだ! 我々は『アンタッチャブル』という異名を甘く見ていたんだ!」

 

「落ち着きなさい! それでも隊長ですか」

 

「私は指名されただけだ! 誰が好き好んで隊長になどなるか!」

 

 

 指名された時は誇らしげな表情をしていた男は、今やどう責任逃れをするかだけを考えている。彼も軍人の端くれ。近づいてくる殺気にも当然気付いている。自分たちが何を敵に回したのかという事も。

 

「直接会うのは初めてだな」

 

「……そうね。国防陸軍情報部所属、遠山つかさよ」

 

「『十山家』の人間が、何故俺を狙う」

 

「……私は命じられただけよ。役人の面子を保つために、私たちは利用されている。まぁ、私個人の遺恨も少なからずあるから、この場で貴方に殺されたとしても恨むなんて事はしないわ」

 

 

 つかさは既に死を覚悟しているようで、情けなく喚き散らす事はしない。一方でつかさと一緒にいた隊長は、言葉にならない声を発しながら達也から逃げようとして足を滑らせている。

 

「少し黙っていろ」

 

 

 喚き声が鬱陶しかったのか、達也は隊長の意識を刈り取って黙らせる。その一連の動作に全く無駄が無い事を受けて、つかさは改めて自分の命は目の前の悪魔の機嫌次第で終わるのだと実感する。

 

「それで、何故私を殺さないのかしら?」

 

「十山家の使命については自分も知っています。個人の感情で貴女を消し去れば、いざという時に大勢の人間が危害に巻き込まれる。俺個人としては別に何人死のうが生きようが関係ないのですが、その所為で魔法師がより生活しにくくなるのは困りますから」

 

 

 本当に無関係な人間が死のうが気にしていないと思い知り、つかさは『四葉達也』という人間に畏怖する。いくら無関係だろうと、人が死ぬという事に対して何も思わないなど、つかさの中ではあり得ない事であるからだ。

 

「大人しく撤退するのなら、こちらは追撃するつもりは無い。二度とこちらに関わろうとしないというのであれば、復讐も無いと約束しよう」

 

「……そんな空手形を信じろと?」

 

「四葉家次期当主として、貴女の利用価値は理解しているつもりですので」

 

「………」

 

 

 ゆさぶりを仕掛けても全く動揺しない。いくら十師族の次期当主とはいえ高校生、少しくらいは動揺するのではと期待していたつかさは、驚きを通し越して呆れてしまった。

 

「分かったわ。さすがに外務省の役人が他に手を回したら止めようがないけども、情報部としてはこれ以上四葉家に干渉しないと誓うわ。上層部の人間にも、納得してもらう」

 

「手土産もなく納得するのか?」

 

「さすがの私だって、誰かの生首なんか持って報告しに行きたくないわよ」

 

 

 達也が言う『手土産』がどういう意味なのか、つかさは勘違いしていなかった。達也なら殺人に禁忌を懐いていないという事を理解しているからこその返答である。

 

「もし情報部に再び俺の教育依頼が来ることがあれば、こちらに情報を流してもらえると楽が出来るのだが」

 

「それがここで私たちが見逃すしてもらえる代償かしら? 情報部としては約束できないけど、私個人としてなら構わないわよ。貴方の殺気、もう浴びたくないし」

 

「それで構わない。それから、ここに来るまでに撃退した魔法師たちはそちらで連れて帰ってくれ。殺してはいない」

 

「それも分かったわ。しかし、殺しもしないでよくこの短時間でここまで辿り着けたわね。曲がりなりにも精鋭を集めたつもりだったのに」

 

「あの程度に勝てないなら、パラサイトやスターズにやられていただろうな」

 

「そこと比べられると困っちゃうわね」

 

 

 達也が戦ってきた相手を思い出して、つかさは苦笑いを浮かべた。そして音もなく消え去った達也に驚きつつも、殺気から解放された事を喜び、気絶している隊長を叩き起こす事にしたのだった。




さすがに役人も大人しくなるだろう……

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