劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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高校生の使い方じゃないな……


時間の使い方

 つかさと交渉して満足のいく結果を得られた達也は、三人がいる部屋へと向かう。誰の部屋にいるかは気配で分かっているので、迷うことなく深雪の部屋の扉をノックする。

 

「達也様、お疲れさまでした」

 

「相変わらずスムーズな解決っぷりね。達也さんがいれば、他国に戦争を仕掛けても問題ないかもしれないと思えるくらいのスムーズさよ」

 

「面倒事を起こそうと思わないでください」

 

 

 真夜の冗談に対する達也のツッコミが何処かズレているような気が、水波だけはしていた。深雪も真夜も特に気にした様子は無いが『戦争を仕掛ける』に対するツッコミが『面倒』で済むのは、やはりおかしい。水波は、改めて三人が普通の領域にいない事を思い知らされた。

 

「それで、情報部は何て?」

 

「組織としては確約出来ないが、個人としてなら応じられると」

 

「そう、これで少しは横槍を入れてくる回数が減るかしら」

 

「そう願いたいです」

 

「叔母様は、最初から分かっていたのですね。達也様が狙われている事を」

 

「状況的に考えれば、役人たちが達也さんの事を面白くないと思っていても不思議ではないもの。そして一度達也さんを『教育』しようとした情報部の連中なら、役人の指示に従うかもしれないとは思っていたわよ。でも、まさかこの旅行中に襲われるなんて思ってなかったわ」

 

 

 真夜としても、この旅行中に襲われるのは想定外なのか、不服そうに頬を膨らませている。実年齢を知っている三人は何とも言えない雰囲気に包まれるが、もし真夜の歳を知らない人が見れば、可愛い仕草に見えるのかもしれない。

 

「達也様、情報部と言っておられましたが、もしかしたら十文字先輩をけしかけてきた彼女もいたのですか?」

 

「あぁ。十山家の人間として、今後四葉家に情報部の動きを報告してくれると約束してくれた。もちろん、反故にすればどうなるかは理解しているだろう」

 

「達也さんに逆らえばどうなるかなんて、国防軍の人間なら全員が知っていると思っていたのだけど、佐伯少将はしっかりと秘密を洩らさないでいるようね」

 

「自分が軍を抜けても、機密情報を流すとは思っていませんでした」

 

「当然よ。むしろ軍属だからこそ、軍事機密に対する守秘性を理解していると思うわよ」

 

 

 四葉家と独立魔装大隊が交わした契約で、佐伯たちは達也の魔法を軍上層部に報告する事が出来ない。それだけ達也の魔法は公に出来ないものであり、公にすれば一気に軍のあり方が変わる。それくらいの危険性を孕んでいるのだ。

 

「とりあえず、これで不安は一掃されたわけだし、残りはゆっくりと過ごしましょうか」

 

「そうですね。水波ちゃん、達也様を部屋まで――って、水波ちゃんも一緒の部屋だったわね」

 

 

 水波に達也を部屋まで送らせようとして、彼女も同じ部屋だった事を思い出した深雪は、二人を自分の部屋から見送る。本心としては自分も達也の部屋に向かい、いろいろと話しを聞きたいのだろうが、水波へのご褒美であることを忘れていないので踏みとどまったのだ。

 

「達也さま、十山つかさは本当に約束を守ると思われますか? 彼女も一応は二十八家の人間ですから、達也さまとの約束を守りつつ四葉家の力を削ごうと動くかもしれません」

 

「そうなったら、十山家ごと消し去ればいいだけの話だ。いろいろと面倒は増えるが、余計な事をされるくらいならそっちの方が楽だからな」

 

「……十文字様が黙っているとは思えませんが」

 

「一度負けているから、力に訴えてくることはしないだろう。そして十文字克人もそれなりの情報網を以ているだろうから、今回の襲撃未遂の事は遅かれ早かれ知るだろう。そうなれば、俺が十山つかさと取引した事も、それを破ればどうなるかも理解するだろうしな」

 

 

 克人も達也の人の悪さは知っている。達也がつかさとどのような取引をしたかまでは分からないだろうが、死者無しで終わった戦闘結果を見れば、達也がつかさを脅した事くらいは容易に想像つくだろう。

 

「達也さま、もう一度汗を流してこられては如何でしょうか? さほど動いていないとはいえ森の中を疾走したのですから」

 

「そうだな。魔法で綺麗に出来ればいいんだが、そっちの方のコントロールはまだ不安定だからな」

 

「私がして差し上げれば一番だったのでしょうが……」

 

 

 水波の方もまだ魔法のコントロールが安定していない為、予期せぬ威力が出てしまう可能性がある。そうなってしまうと、魔法演算領域に対する過負荷で再び倒れてしまう可能性がある。だから達也は水波に魔法を使う事を禁じており、水波もその指示は正しいと思っている。

 だが、こんな時ちゃんと魔法が使えればと思う回数は少なくない。彼女は魔法を失う事を恐れてはいないが、早く元通りに魔法を使いたいと思ってしまう事はあるのだ。

 

「ESCAPES計画の方は暫く俺がいなくても何とかなるから、帰ったら水波の治療のための研究を進めるつもりだ」

 

「私の所為で、達也さまの貴重なお時間を――」

 

「お前が身を挺して守ってくれたお陰で、俺はスムーズにベゾブラゾフを撃退出来た。深雪も怪我無く過ごせている。自分の功績を否定するな」

 

「はい…申し訳ございません……」

 

「怒っているわけではない。だが、自分の所為だと思い込むのは止めるんだな。深雪が気にする」

 

 

 それだけ言って達也は風呂場へと向かう。残された水波は、達也に言われた事を自分の中で反芻し、何とか納得する事に集中するのだった、




素直に受け入れられたら楽なんでしょうけどもね

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