劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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一応名家の出なのに……


必要な場面

 戦闘を終え、汗を流しに行っている達也の端末が鳴る。水波は何か緊急の案件でも入ったのかと一瞬思ったが、他人の――まして主に当たる達也の端末を勝手に操作するような事は出来ない。風呂場に端末を持って行こうかとも思ったが、すぐに達也が部屋に戻ってきてくれたので、そのような事はせずに済んだ。

 

「達也さま、たった今端末に何かメールが届いたようです」

 

「そうか」

 

 

 水波から水分を受け取ってそれを口に含んでから端末を操作し始める達也を見て、水波はとりあえず自分の好奇心に蓋をする事にした。自分が聞いても分からない事だったら達也の時間を無駄にしてしまうだけだと。

 

「………」

 

「達也さま……?」

 

 

 端末を見て難しい顔をしたのなら仕事の用件なのだろうと納得出来たかもしれない。だが達也の表情は優しい眼差しをしている。仕事の用事ではない。では何なのだろうと、水波は無理矢理蓋をしたはずの好奇心に負けてしまった。

 

「いや、愛梨からメールだったんだが、香蓮に自信を持たせようとしていたらしい」

 

「九十九崎様と言えば、学生でありながらかなり高い情報収集能力を持っているお方ですね。不確定な情報ですが、国防軍の中で彼女の能力を高く評価しており、いずれは力になってもらいたいと言われていた程の」

 

「情報部辺りが考えていそうだな」

 

 

 達也から見ても、香蓮の情報収集能力は高い。無論「学生としては」が頭に着くのだが、それでも十分に評価に値するだけの結果を残してきている。そんな彼女に情報部が目を付けていても不思議ではないだろうと達也も感じている。

 だが当の香蓮自身が自分の能力を過小評価しており、愛梨たちが褒めても本気で受け取っていない節が見受けられる。その事を愛梨たちも感じているので、今回彼女に少しでも自信を持たせるようにしていたのだろうと水波は思った。

 

「愛梨たちが香蓮の全身コーディネートを行ったらしい」

 

「全身コーディネート? 能力に自信を持たせるのではなかったのですか?」

 

「まずは自分の見た目から自信を持たせようとしたんじゃないか? 愛梨たちの中にいたら目立たないとか、どうせ自分は愛梨のおまけだ、とか考えているようだからな」

 

 

 達也には読心術は使えないが、それに近い事は出来る。表情から何を考えているのかをある程度読み取り、その相手の性格からどのように考えているのかを分析し相手が考えている事を当てる。相手の事をある程度知らなければ使えない技ではあるが、同じ屋敷で生活しているのだから、それくらいの事は出来て当然だった。

 

「確かにあの四人の中にいるから目立ちませんが、九十九崎様も十分に魅力的な女性ですよね。控えめな性格もまた、埋もれてしまう要因なのではないかと思いますが」

 

「それは水波にも言える事だと思うが」

 

 

 水波も十分に美少女と言える容姿をしているのだが、彼女の側にはいつも深雪がいるので目立っていない。それ以外でも、活発的な香澄や、雰囲気は大和撫子な泉美と行動をしているので、どうしても水波は目立たない。だが達也は、水波の事も十分評価に値すると思っている。

 

「私などより九十九崎様の事ですよ。それで、一色様たちの行動の成果は出たのでしょうか?」

 

 

 達也に褒められそうになったのを察知して、水波は慌てて話題を香蓮に戻す。水波も人の子なので、褒められる事は嫌いではない。だが達也に褒められるとどう反応すれば良いのかに迷うのだ。ましてそれが容姿ともなれば、顔の熱をコントロールしきる自信が彼女には無い。そんな顔をしている時に深雪がこの部屋を訪ねでもしてくれば、何があったのか根掘り葉掘り聞かれるだろう。

 もちろん、聞かれたところで何も問題は無いのだろうが、水波にはその事を上手く説明出来る自信が無かった。だから慌てて話題を香蓮に戻したのだ。

 

「元々地味な服装の所為で目立ってなかっただけだと思っていたが、確かにこれなら四人の中にいても目立つとは思うぞ。まぁ、香蓮が自分からこんな格好をしたがるとは思わないが」

 

 

 達也が端末を水波の方へ向け、添付されている写真を水波に見せる。その写真を見た水波は思わず息を呑んだ。深雪という美貌の持ち主を常に間近で見ていたからその程度の反応で済んだのだろうが、それが無かったら完全に目を奪われてしまっていたかもしれない。そう思える程、香蓮の格好は美しかったのだ。

 

「これなら何処に行っても目立つと思います。ですが達也さまが仰られたように、九十九崎様自身がこのような恰好をしたがるとは思えません。彼女は情報収集の為にわざと目立たない恰好をしているという面もありますから、これでは目立ちすぎて情報を集められないかと」

 

「普段からそういう事を気にしている人間だからな。目立つ格好を無意識に避けていたんだろう。だが、今後はこういった格好をしてもらわなければいけない場面もあるだろう」

 

「まだ行われていない、婚約者披露パーティーですね。内々では済ませていますが、他家の方たちが気にしていらっしゃいますから」

 

 

 名前は発表されているので調べようとすれば出来るのだが、婚約披露パーティーまで楽しみを取っておこうとしている家もある。そう言った場面では、香蓮もこのような恰好をするしかないだろうと、水波はそんな事を思ったのだった。




かなり大々的になるんだろうな……

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