劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1889 / 2283
なかなかぶっ飛んだ妄想なんだけどな……


水波の妄想内容

 深雪と真夜とも別れ、水波は達也と二人きりの部屋へと戻ってきてしまう。先程真夜が言っていたように、達也から女性を求める事はないと水波も分かっているのだが、二人きりになってしまうとどうしても普段から妄想している事が起こるのではないかと期待してしまうのだ。

 

「(達也さまはそのような事をする人ではないと分かっているのですが、どうしても思ってしまうのですよね……もしかしたら私は、光宣さまに攫われて達也さまに助けていただける展開の方が良かったと思っているのでしょうか……)」

 

 

 水波が普段から妄想しているシチュエーションは、窮地に陥った自分を達也がさっそうと現れて救い出し、そのまま結ばれるという、妄想にしてもあり得ない展開である。だからではないが、未だに光宣に攫われかけた時の事を夢で見ては、自分の都合のいいように編集される。

 

「(光宣さまは、普通にしていれば美少年ですし、あのまま一緒に旅に出る展開でも良いような気もするのですが、何故か最終的に達也さまが現れて私を奪い返してくださるのですよね……)」

 

 

 水波からすれば、光宣相手でも自分は釣り合っていないのに、さらに上と思っている達也が自分を求めてくれるような妄想など、人に知られれば生きていけないくらいの思いがある。恐らく深雪も似たような妄想をしているのだろうが、水波からすれば深雪ならば自力で逃げ出せるのではないかとツッコミを入れたくなる。もちろん、実際に口に出してツッコめば、翌日の朝日を拝めなくなるのではないかという心配が彼女の中にあるのでしてはいない。

 

「(人が少ない立地、施設の中にも数える程度の人しかいません。攫われるには絶好のロケーションですけど、私を攫うような物好きがそうそういるとは思えませんし……)」

 

 

 水波の容姿ならば、複数人の異性から言い寄られても不思議ではない。だが彼女の隣には常に常人離れした美を持つ深雪がいるので、多少自分に自信が持てなくても仕方がないかもしれない。

 

「(だとするならば、もう一つのシチュエーションにもピッタリのロケーション……今夜はこちらの妄想をしながら現実逃避をしましょうか)」

 

 

 水波が妄想しているもう一つとは、達也に躾けられるという内容。一昔前の小説にはまり、主人に調教されるメイドというものにちょっと憧れを持ってしまったのだ。厳密に言えば水波の主は深雪であり達也ではないのだが、彼女の中で達也は深雪以上に冷静な判断が出来、主に相応しい相手だと位置づけられている。

 実際緊急時に判断を仰ぐ相手は深雪ではなく達也なので、主というより上司と言った方が良いのかもしれないが、本家次期当主である達也に対して上司という表現は適切ではない。従って水波の中で達也も主という位置に収まっているのである。

 

「(任された職務も全うできないダメなメイド……達也さまはそう思っているに違いありません)」

 

 

 常に完璧に近い仕事をしてきた水波にとって、現状は非常に情けない。命懸けで主を守ったと言えば聞こえはいいかもしれないが、生き残った挙句に主に治療を任せるという始末。遺伝上伯母にあたる穂波は達也を守り命を落としたが、これならばなかなかの美談に聞こえる。だが自分は生き残り、主である深雪に心配をかけ、さらに達也にいらぬ苦労を強いる事になっている。

 

「(ダメな私を調教して、夜の奴隷に――)」

 

「水波」

 

「は、はひっ!?」

 

 

 若干危ない方向に妄想が逸れ始めたタイミングで声を掛けられたので、水波は何時も以上に緊張した声音で達也に応じた。

 

「大丈夫か?」

 

「な、なにがでしょう」

 

「いや、上手く言葉に出来ないんだが……どことなく緊張した雰囲気でこちらを見ているから、具合でも悪くなったのかと思ってな」

 

「体調面は問題ありません。演算領域に負ったダメージの影響も、今のところはないと思います」

 

 

 水波が言わなくても、達也には分かっている。彼は相手のエイドスを読み取る力がある為、異常が発生していれば本人に自覚症状が出る前に気付くだろう。

 もちろん水波にも達也が心配している事がそれではないことは分かっている。だが自分が人に言うのを憚れるような妄想をしていて、急に声を掛けられて慌てていると言えるわけがない。従って何時も以上に事務的な対応をしてしまったと心の中で反省していた。

 

「何かあればすぐに言え。お前に何かあれば深雪が心配する。もちろん、俺もな」

 

「は、はい」

 

 

 達也が水波に向けている感情は、妹に向けているものと似ている。深雪に向けていた、ではない。一般的に兄が妹に向けるような感情である。

 無論水波もその事は分かっているし、達也に心配をかけている事は自覚している。だが達也に心配してもらえているというこの状況も、彼女にとっては嬉しいものなのだ。

 

「(もう一つ、妄想のシチュエーションが出来そうです)」

 

 

 悲劇のヒロイン、主と従者の他に、普通の恋人として過ごすシチュエーションも悪くないのではないかと水波は思い始める。達也と普通に恋人になることは不可能だが、せめて妄想の中くらいは一対一の恋愛を体験してもいいのではないかと、今更な思いを懐き、水波は睡魔に襲われ夢の世界へと旅立っていく。




他と比べるとまだ可愛いと思える不思議……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。