待ち合わせ時間の一時間以上前、将輝は既に指定された場所に顔を出していた。無論、深雪がいるなどは思っていない。
「(だいぶ舞い上がってるようだな……まだ一時間以上前だ)」
取り付く島もなかった相手が直接会ってくれるという事で、将輝は自分が思っていた以上に舞い上がっている。その事を自覚し、彼は苦笑する。
「(さて、時間をつぶすにしても東京の店なんて殆ど知らないからな……前にこっちにいた時は顧傑捜索が目的だったからな)」
石川ならいくらでも時間をつぶせる店を知っているのだが、さすがに東京ではそういうわけにはいかない。あまり遠くに移動して待ち合わせ時間に遅れるわけにもいかないので、将輝は近くに時間が潰せそうな店が無いか辺りを見まわたし、無難なカフェを見つけ店に入る。
「(姉さん、ターゲットが店に入ってきたんだけど)」
「(落ち着きなさい。向こうは私たちが監視しているなんて思ってないようだし、気付かれないように振る舞いましょう)」
将輝が入った店は奇しくも、亜夜子と文弥が監視するために入っていた店だった。さすがにこんな時間から現れるとは思っていなかったが、常に様々なパターンを考えて行動するのが二人なので、念の為この時間から見張っていたのだが、まさか本当に現れるとは思っていなかった。
「(というか、随分と気合いの入った格好をしてるね)」
「(それだけ深雪お姉さまの事が好き、という事なのでしょうけども、ちっとも羨ましいとは思いませんわね)」
将輝の格好は上下スーツにネクタイという、高校生にしては随分と正装な気もするが、達也がそういう恰好をしているとは随分と感じが違うと亜夜子は感じている。将輝のは背伸びをしているようにしか見えないが、達也が同じ格好をしていてもそれが普通に思えると。
実際達也はFLTの会議などでスーツを着ていたし、本家に赴く際もそのような恰好をしていたのを見た事がある。達也と比べれば誰だって貫禄負けするのは仕方がない事だろうが、将輝の落ち着かない様子も相俟って、亜夜子には子供が背伸びしているようにしか見えないのだ。
「(さっきからせわしなく時計を見てるけども、そんなに時間が早く過ぎるわけ無いのに)」
「(平静を装っているようですが、こちらの監視に気付けないようでは十師族の当主としては失格ですわ。達也さん相手なら、監視など出来ませんが)」
「(さっきから随分と達也兄さんと一条さんを比べてるけど、そもそも比べるなんてどっちにも失礼だと思うけど)」
「(それもそうね。あの程度の男性と達也さんを比べるなんて、達也さんに失礼だったわ)」
「(僕は一条さんにも失礼だと思うんだけど……)」
亜夜子ほど将輝を敵対視していない文弥は、純粋に達也と比べられる将輝が可哀想だと感じている。自分で自分を達也と比べて落ち込む経験がある文弥からすれば、達也と比べられて勝手に貶される将輝に多少同情してしまっても仕方がない。
「(文弥は深雪お姉さまに不幸になれとでも言いたいのかしら? 深雪お姉さまは沖縄のあの事件以降ずっと、達也さんの事を想ってきたのですよ? それを今更あの男と付き合えと?)」
「(そんな事は言わないけど、達也兄さんと比べる事はないんじゃないかって思ってるだけだよ。そもそも比べるだけ無駄だって、姉さんだって思ってるんだし)」
「(そんなの当然でしょ? 達也さんが創られた戦略級魔法を使って粋がってる男なんて、達也さんの足下にも及ばないわよ)」
「(だからだよ。比べるまでもない相手と達也さんを比べて、勝手に罵ってるようじゃ姉さんが達也兄さんを侮辱してるようなものだよ)」
「(……それは考えてもみなかったわね)」
文弥の言葉は、亜夜子に一定以上のダメージがあったようで、これ以上達也と将輝を比べる事はないだろうと思わせる程の威力だった。
「(あっ、移動するみたい)」
「(まだ三十分以上あるというのに、もう移動するのですか……随分と我慢出来ない性格のようですわね)」
「(深雪さんなら、十分前には来るだろうけども、それでもまだ早いよね)」
「(いえ、深雪お姉さまの事ですから、良くて時間ギリギリ、最悪遅れてくる可能性もあると思いますが)」
「(そんな事、無いと思うんだけど……)」
「(普段の深雪お姉さまなら、当然遅刻するなんてことはないでしょうけども、今日はそもそも会いたくない相手に会わなければいけないのですから、何時も通りに行動出来なくても不思議ではないと思いますわよ。実際深雪お姉さまを監視している人からの報告では、まだ一高にいるようですから)」
一高から待ち合わせ場所までは、普通に歩いて二十分程度。今から一高を出ても十分間に合うが、深雪は未だに一高を出る気配がないらしい。彼女の性格なら遅刻するなんてありえないのだが、今回ばかりは亜夜子の考えが正しいのかもしれないと、文弥はそう感じた。
「よっぽど会いたくないんだね……」
「最初からそう言ってるじゃない」
将輝が店を出たので、小声で話す事を止めた二人は、将輝の姿を視界に捉えながら深雪に同情するのだった。
明らかに舞い上がってる将輝