劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1901 / 2283
サブタイだけ見たらちょっと厨二臭い……


漆黒の世界

 スターズ第三隊隊長、アレクサンダー・アークトゥルス。破壊工作を命じられ日本に潜入するも、着陸直後にUSNA本国から乗ってきた輸送機内で襲撃を受け、彼の意識はそこで途切れた。

 長い夢を見ていたような気もするし、一瞬で覚醒したような気もする。アークトゥルスが意識を取り戻した時、彼は完全な闇の中にいた。

 一切の光が無い漆黒。重苦しくまとわりつく闇ではない。彼には闇の重さすらも感じない。自分が目を開けているのかどうかさえも分からない。彼は自分の肉体から、外界の全てから、切り離されていた。

 

「(自分は死んだのか。これが『死』か。死後に待つ者は、裁きではなく虚無なのか。罪人は地獄の業火に焼かれるのではなく、虚無の闇に呑み込まれるのか)」

 

 

 彼はジワジワと迫ってくる絶望の中で、ふと、違和感を覚えた。同族の声が聞こえなくなっている事に気付いたのだ。

 パラサイトになって以来、彼の精神を意識の奥底から湧き上がる「囁き」が、今は聞こえない。アークトゥルスの心の中で紡ぎ出されている思念は、彼自身のものだけだ。

 

「(どういうことだ……?)」

 

 

 アークトゥルスがパラサイトになったのは、彼がそう望んだからではない。精神生命体の浸食を受けて、同化させられたのだ。だがパラサイト化は、精神生命体の全面的な乗っ取りではなかった。支配は双方向のものだった。精神生命体になって彼は人間ではなくなったが、それでも彼はアレクサンダー・アークトゥルスであり続けた。パラサイト化によって感性や思考様式は変質したが、意識の継続性は保たれていた。

 アークトゥルスは、パラサイトになる以前の事を覚えているのと同じように、パラサイトとなった後の事も記憶している。パラサイトがどういう生き物なのか、詳細に思い出せる。パラサイトには自我が無い。いや、全く無いわけではないが、不完全だ。天地一切の存在と区別される、他の何者/何物でもない「自分」を持たない。パラサイトは個にして全。自分に意識がありながら、常に同族の思念が紛れ込む。意識の奥底で他の個体の思考が囁き続ける。テレパシーと違って、相手に伝えようとする意思がなくても聞こえてしまう。

 最初のうちは、自己の思念と他の個体の思念の区別がつく。しかしやがては、心の奥底から湧き出す思念が自分自身のものと見分けがつかなくなる。ただの人間でも、毎日毎日同じイデオロギーを吹き込まれれば、それを自分自身の価値観だと思い込んでしまう。パラサイトの場合は心が繋がっているのだ。ただ聞くのとは、自他同一化を強いる力の桁が違う。

 それに、人間が変化してなったパラサイトと違って、精神生命体であるパラサイトの方は元々個体と全体を区別しない。それがアークトゥルスの実感だった。人に寄生する前の精神生命体は、実態を持たない情報の塊だ。情報は他者を排除しない。情報は、利用される事によって減少・消耗していく物質的な資源とは逆に、共有されることで存在し続ける力を増す。

 精神生命体であると同時に情報生命体でもあるパラサイトは、存在を確かなものとするために強固な思念の持ち主に宿る。そして己の存在を永続的な物とするため、積極的に共有されようとする。

 それが思念の交換、意識の融合を促す圧力になっていた。だが今、アークトゥルスは自分がこのプレッシャーから解放されていると気付いた。

 

「(まさか……パラサイトから人間に戻っているのか?)」

 

 

 喜びよりも恐怖を伴って、彼はそう考えた。異種族になる事への、自分が自分でなくなる事の恐れ。元は人間だったとはいえ、今のアークトゥルスはパラサイトだった。人間がパラサイト化するのも、パラサイトが人間に戻るのも、別種の生物になるという意味では同じだ。生物には自己保存本能がある。自分を自分のままで保ち続けるという生存原理だ。あらかじめ生物種として組み込まれていない変容に対しては、理屈抜きの忌避を覚える。

 

「(落ち着け……パラサイトであろうが人間に戻っていようが、今はさして重要ではない)」

 

 

 アークトゥルスは、本能から生じる忌避感を意志の力で抑え込み、自分に何が起こっているのか現状分析に精神のリソースを向ける。

 

「(USNAから日本にやってきて、自分は早々にやられた……それからどれ程の時間が経ったのかは分からないが、こうして意識があるという事はまだ作戦を遂行する事が出来るという事なのだろうか。仲間との連絡が取れないのが痛い……もし連絡が取れれば、今がどういう状況なのか一瞬で分かるというのに……)」

 

 

 状況の把握は思うように進まない。実のところ彼はまだ、半分以上眠っているようなもの。機能している思考能力は、平常時の五分の一程度だ。しかも彼は、夢の中の登場人物と同様、自分の能力低下に疑問を懐かない。

 

「(とにかく動けるかどうかの確認をして、動けるようなら命じられた任務を遂行しなければ)」

 

 

 パラサイト化しようと彼は軍人だ。命じられた任務を遂行する事を第一に考える。半分以上眠っていた意識は、不意に覚醒するのだった。




これだから軍人思考は……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。