劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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落ち着く時間は必要


気持ちの整理

 光宣の想いは別にして、彼が距離を取ってくれているのは水波にとってもありがたかった。今、隣に人の温もりを感じたならば、寄りかかってしまいそうだ。水波は自分の精神状態を、そう認識していた。

 彼女は罪の意識に苛まれていた。自分は深雪の邪魔をした――それが信じられないという思いもある。自分は何故、主である深雪の邪魔をしたのか。自分は何故、深雪の邪魔をして光宣を庇ったりしたのか。

 達也の仕事だからだと、あの時は自分に言い聞かせていたが、達也や深雪よりも光宣の方を好きになったからだ、という突き放した意見を述べる意識の中のもう一人の自分には、頷けずにいる。

 達也や深雪に対する感情と、光宣に対する感情は、全く種類が異なる。水波にとって、深雪は主で達也はガーディアンとしての先輩だ。最初はそれだけだったが、今では家族のようにも、姉のようにも思っている深雪や、一人の異性として達也に惹かれている。任務だからではなく、大切だから、命懸けで守りたい。伊豆の別荘で戦略級魔法『トゥマーン・ボンバ』による奇襲に対して己の限界を超えた力を発揮で来たのは、その気持ちがあったからだ。水波は自分の行動原理をそこまで明確に意識していないが、それが彼女の、紛れもない真実だった。

 一方で光宣に対する気持ちは「まだよく分からない」というのが水波の偽らざる心情だ。自分が光宣の事をどう思っているのか。水波はそれを、ずっと考えている。今もまだ、結論は出ない。単純に人として好きか嫌いかと問われれば、水波は「好き」と答えるだろう。だがそれはあくまでも「人としての光宣」であって、「異性としての光宣」の事をどう思っているのか、水波はその事を深く考えた事はない。光宣の事を一人の異性として意識する前に、彼女は既に達也の事を意識していたから。単純な見た目なら光宣の方が上かもしれないが、水波は見た目で人を判断するような性格ではない。深雪を命懸けで守った褒美として、自分を達也の愛人枠に加えて欲しいと願ったのは、間違いなく水波の本心だ。

 ではなぜ自分は今、深雪の邪魔をしてまで光宣と行動を共にしているのか。その事を深く考えると、どうしても先ほどのもう一人の自分の囁きに辿り着いてしまう。

 

「(そんな事は絶対にない。私は達也さまと深雪様を裏切ったわけではない! 私は光宣様ではなく達也さまを選んだのです! 知られてはいけないと思っていた想いを、達也さまに告げる事が出来たのですから、それ以上の幸せを望むなんてありえない事なのです!)」

 

 

 自分が達也や深雪と比べて光宣を選んだのではない事は確信している。深雪に対する忠誠心、達也に寄せる想いを捨てたのではない事は、固く信じている。「疑うな」と、「信じろ」と、水波は強く、自分に命じていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アークトゥルスは恒星炉プラント破壊の任務を果たすべく、仲間に合流しようと考えた。しかし幽体になったからと言って、何処にでも自由に飛んでいけるわけではない。確かに物理的な制限はなくなったし、海にも山にも妨げられる事はしない。移動速度も彼が体験した事のあるスピードは再現可能だ。ちなみにアークトゥルスは超音速戦闘機の後部座席に座った事がある。

 だが行き先を自動的に設定してくれるナビゲーションシステムは、幽体の状態では利用できない。目的地が分からなければ、どれだけ速く跳べても精神力を消耗するだけだ。そして仲間の事は、どんなに離れていても分かる――はずだった。

 だがアークトゥルスがどれだけ感覚を研ぎ澄ませても、彼はレグルスの気配を発見できなかった。

 

「(自分がパラサイトでなくなってしまったからか? やはり自分は、人間に戻っているのだろうか?)」

 

 

 アークトゥルスは実体の無い首を捻る。もう一度、今度は知覚系の古式魔法で部下の生体波動をサーチする。この魔法はアメリカ先住民の間に伝わる系統外魔法で、物理的な距離に関係なく、情報的な距離に応じて反応に強弱が現れる。例えば単なる顔見知り程度なら、隣の部屋にいてもぼんやりとした感触しか得られないが、友人や濃い血縁の者、あるいは部族の宿敵、狩りそこね逆に傷を負わされた獣などは、百キロ以上離れていても、人間であるか否かに拘わらず強い手ごたえを返す。それなのにレグルスの所在は、やはり探知出来なかった。同じ隊で五年以上もの間、行動を共にしてきた相手であるにも拘わらず。

 

「(まさか、やられてしまったのか……)」

 

 

 悲観的な推測がアークトゥルスに衝撃を与える。しかし彼には、悲嘆に暮れている余裕はなかった。

 

「(この感触は!?)」

 

 

 アークトゥルスが広げた探知の網に、強い因縁を持つ存在が掛かった。

 

「(これは、あの時の!?)」

 

 

 日本に到着した直後の輸送機に襲いかかり、自分を肉体の中に閉じ込めた仇敵。それが、北の空を西に向かっている。

 

「(あれは、敵だ)」

 

 

 その相手が誰なのか、アークトゥルスの魔法では分からない。それが彼に与えられた任務の最終的なターゲット「司波達也」であるとは知らぬまま、アークトゥルスは仲間の兵士と自分自身の敵を討つべく、空を行く人影を追いかけた。




何処までも邪魔をするスターズ……

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