劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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最近よく揺れるなぁ……


感じるレベルの高さ

 達也は高尾山の手前でスピードを緩めた。確実に近づいている。情報面から水波を追跡していた達也は、彼の視界を遮るフィルター越しに水波のエイドスを読み取りながら、そう思った。何の妨害もなければ、達也は水波の現在位置を地球の裏側からでも取得できる。同じ家で暮らしていた達也と水波の情報的な距離は、それだけ近い。光宣の魔法によって詳細な座標は隠されていても、「相対距離」という大まかな情報は読み出せる。

 光宣は達也の視線が自分に向けられていると誤解していたが、達也が追いかけていたのは、より彼自身に縁が深い水波の情報だった。

 達也はバイザーの表示を切って、地上の道路に目を向ける。想子の波動そのものを観測する為だ。光宣は弱体化した状態でも、偽装の魔法を使っている事を遠くから感知されているような余剰な想子を漏らしていない。だがパラサイト用レーダーが彼の反応を捉えた事からも分かるように、パラサイトの波動を完全に隠せていない。おそらく、深雪のコキュートスが掠めたダメージによるものだろう。

 

「(――あれか?)」

 

 

 明らかに人間のものとは違う、異質な波動が達也の目に留まる。ぼんやりと靄のように広がっている想子波の源を特定しようと、達也は高度を落とした。

 だが次の瞬間、自分を狙う魔法の兆候を左側に感知して、彼は降下を中止、逆に高度を上げる。跳ね上がるように上昇した彼のすぐ下を、細く絞り込まれた魔法による雷が走り抜けた。魔法の発生源へ、達也は空中で向き直った。魔法の発動地点と魔法式の出力地点は、ほぼ一致していた。手元から荷電粒子銃のように電撃を放つ。現代魔法では武装デバイスを使用するケースを除き、あまり好まれない魔法の形態だ。

 

「(敵は古式魔法師か)」

 

 

 そう予測した達也が視認した敵の姿は、思いがけないものだった。敵には実体がなかった。肉体の姿形をコピーした精神体が、達也に敵意を向けていた。

 

「(意思を宿した想子体――亡霊? いや、幽体離脱か!?)」

 

 

 次の魔法が達也に襲いかかる。鋭く圧し固められた空気の槍が旋回しながら飛来する。魔法の対象となっていない空気との境界面でプラズマの火花を散らしながら自分を貫こうとする旋風の投槍を、達也は術式解散で無力化した。

 術式解散は、魔法式の構造情報を分析して組織化された想子粒子の結合を解き散らす魔法だ。その第一段階で、魔法式に記述された情報を取得する。魔法の内容と同時に、魔法のオーナーに関する情報も。

 幽体は肉体の形状をコピーしていると言っても、細部までは再現されていない。相手が何者なのかはっきり意識して見ない限り、シルエットしか分からない。だが今、達也は相手の魔法を解読する事によって、敵の正体を知った。

 

「(スターズ一等星級魔法師、アレクサンダー・アークトゥルス)」

 

 

 その認識が、幽体に詳細な形を与える。空中で対峙する人型の想子体は、座間基地の輸送機内で戦った大柄な魔法師の姿を現わした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭上で始まった魔法戦の気配を、光宣はすぐにキャッチした。

 

「(一人はアレクサンダー・アークトゥルス……戦っている相手は達也さんか?)」

 

 

 魔法を撃ちあっている片方の正体はすぐに分かった。封印されていたアークトゥルスの精神体を呼び覚ましたのは光宣に他ならない。封印から完全な脱出までは確かめていないが、上空で戦っている幽体の想子波形が封印解除の際に接触したアークトゥルスのものと同じだったから、すぐに見分けが付いた。霊体は霊子で構成された情報体だが、光宣はそれに伴う想子情報体の活動を認識した結果、アークトゥルスだと判断した。

 もう一人は達也だと光宣が推測する事しか出来なかったのは、これとは裏腹な理由。彼は達也の想子波動を観測できなかった。

 アークトゥルスが戦っている相手は、確実に魔法を使っているにも拘らず、想子波を漏らしていない。魔法で干渉するエイドスにのみ自分の想子を投射して、その余波を情報次元にも物理次元にも生じさせていないのである。高度な魔法を操るのではなく、魔法を高度に操る事で実現された隠密性。まさしく、芸術的なテクニックだ。

 

「(……いや、逆に考えればいい。こんな魔法運用は、達也さんにしか出来ない)」

 

 

 達也が自分に追いつこうとしている。その認識は、光宣に激しい焦りをもたらした。光宣には、自分の魔法技能が一時的にレベルダウンしている自覚がある。万全な状態でも、達也を確実に退けられる自信は持てないのだ。力が低下したこの状態で追いつかれたならば、十中八九、水波は連れ戻されてしまう。

 

「(そんなのは嫌だ! 僕はまだ、水波さんの気持ちをはっきりと聞いていない!)」

 

 

 光宣は事魔法に関する限り、他人を頼った事はない。肉体の変調が理由で他人に譲った事はある。他人に任せたことはある。だが魔法に関する限り、自分に出来ないことを他人に願った経験はない。それは光宣にとって、初めての経験だった。

 

「(頼む……! 三十分でいい。何とか達也さんを足止めしてくれ……!)」

 

 

 光宣は我武者羅な攻撃を繰り出すアークトゥルスの幽体に、そう願ったのだった。




万全なら光宣もかなりのレベルなんですけどね……

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