劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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もともとあまり良い方に考えないからな……


悪い方へ

 水波が達也の接近に気付いたのは、光宣のように魔法戦闘の余波をキャッチしたからではなかった。光宣にも分からなかった達也の想子波動を知覚したからでもない。

 

「(この視線は……達也さまのもの……視ているのは光宣さまではなく私)」

 

 

 魔法的な感覚以外の直感で、水波はそう感じた。それは水波が家の中で、一高の校内で毎日浴びてきた達也の、全てを見透かすような視線だった。

 

「(達也さまがお側に来ている、という事ですか……光宣さまを捕らえに来たのか、もしくは深雪様を結果的に裏切った私を裁きに来たのでしょうか……)」

 

 

 最初の頃とは違って、達也の視線を浴びても理由もなく竦んでしまう事は無くなっている。だが一年以上経っても、恐れが完全に消えてしまう事は無かった。もちろん、達也に想いを告げてからは、視られる事も嫌ではなくなっていたのだが、今の彼女には達也の視線を恐れる理由がある。

 主である深雪を結果的に裏切り、名目上敵であるはずの光宣を庇った。そしてしなくてもいい苦労を達也に強いているという事実が、水波に恐怖をもたらす。

 想いを伝えるまでの恐怖は、叱られるのを恐れていたわけではない。達也から折檻を受けるような事は一度足りと、気配でさえもなかった。ただ見られるのが、知られるのが恐ろしかっただけだ。

 だが今は、叱られる理由がある。折檻されてもおかしくはないと思える。それくらいの事を自分はしてしまったのだと、水波は安心出来るはずの達也の視線に恐れを懐いている。

 

「(達也さまに折檻されることを妄想していたことはありますが、あれはあくまでも私の妄想……自分に都合のいい達也さまを造り上げていただけ……実際の達也さまは、慈悲などないでしょうし)」

 

 

 水波は達也が敵に向ける殺意を直接見た事はない。だが資料から読み解く限り、達也は敵に対して一切の容赦がない。沖縄侵攻の際に遺伝子上伯母にあたる穂波が手を貸したとはいえ、敵軍を殲滅しているのだ。自分ごと消し去る事に躊躇いさえなければ、光宣を消し去る事など簡単だろう。

 

「(私のような出来損ないを、達也さまが庇う必要などないでしょう……そうなると、私は光宣さま共々達也さまに消し去られてしまう?)」

 

 

 水波は自分が完璧から程遠いと自覚している。仕事もそうだし、人格的にもそうだ。拙い自分、非才な自分、怠惰な自分、醜い自分。他人には知られたくないし、自分でも見ないようにしている大勢の「自分」がいる。達也に見られていると、そんな「自分」までもが暴き出されてしまうように感じる時がある。考え過ぎだと、水波にも分かっている。達也の力が他者の心に及ばないことは前以て教えられていたし、他人の小さな秘密を一々暴いて悦に入る悪趣味な性格ではない事は一緒に暮らしてすぐに分かった。

 ただ、達也に隠し事を見抜く力があるのも、確かな事実だ。心の中は覗けなくても、犯した罪は閲覧出来る。地獄の裁判官のように。最後の審判で検事を務める天使のように。

 

「(外傷では無ければ、二十四時間という縛りからも解放されていると噂されていますし……実際、壬生さやかの洗脳を治したと報告されていましたっけ)」

 

 

 以前の達也ならば、二十四時間という制限があったが、それは何の慰めにもならない。一緒に暮らしていた頃は、二十四時間以上顔を合わせない事が無かった。まして今の水波は、裏切りという重罪を冒してから、まだ一時間も経っていない。俯いている体勢からさらに、肩を抱き背中を丸めて縮こまる。

 

「(達也さまは私の事をどのように思っているのでしょうか? 以前お聞きした際には、深雪様を通じて家族だと思っていただいていると仰られていましたし、私が想いを告げてからは、少しずつ意識していけるようにしていくと仰ってくださいましたが、今の私には、達也さまに同じように思っていただけるだけの価値はあるのでしょうか……)」

 

 

 水波が俯いたのは、怖かったからだ。達也に断罪されることを恐れている――ではなく、達也が水波の罪を、裁かないことを。自分には、罪を問うだけの価値がないと告げられる。自分がどうでもいい人間だと切り捨てられる。

 

「(深雪様も、光宣さまを庇った私に呆れているはず。深雪様が達也さまに私の奪還を頼んだとは考えられない……あの時深雪様は光宣さまにトドメを刺そうとしていたのを考えれば、私諸共光宣さまを消し去ってほしいと仰られても不思議ではない――いや、そう考える方が自然ですね。光宣さまは今、魔法師に仇為す存在であるパラサイトですし、そのパラサイトを庇った私を救い出す必要は、深雪様にも達也さまにもありませんから……)」

 

 

 感じる視線からは、自分を断罪するような感じはしない。だが水波の思考は悪い方へと流れて行ってしまう。自分に自信が持てないのも原因の一つではあるが、達也が己の感情を感じさせないのも原因だろう。だが水波は達也を責める事はせず、ただただ自分を責め続ける。助けに来てくれたと思えればどれだけ楽なのだろうと考えつつ、水波は達也の視線を感じながらただただ恐怖し続けるのだった。




裁かれるのが怖いけど、裁かれないのも怖い……

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