劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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多少焦っても達也なら平気な気もする


達也の焦り

 アークトゥルスの幽体が、達也に向けて魔法を放つ。達也はその魔法を、術式解体と術式解散を駆使して無効化する。達也は戦っている精神体の正体を看破している。座間基地に着陸した直後の輸送機内で刃を交えた、スターズのアレクサンダー・アークトゥルスだと認識している。

 だからこそ、勝手が違う感を否めない。アークトゥルスの幽体は、肉体を備えていた時より多彩な魔法を繰り出している。あの時には使わなかった系統外魔法による精神攻撃まで仕掛けてきている。しかも、前回戦った時より遥かに強い。肉体が無い状態で魔法を使っている事に驚きはない。魔法を行使する精神体には、パラサイトという実例がある。

 しかし精神だけの存在になったからと言って、魔法技能が向上するわけではない。少なくとも過去に日本で行われた実験では、幽体離脱状態で魔法の威力や発動速度が向上するという結果は得られなかった。この実験は四葉家でも行われていて達也も二度立ち会っているが、速度は変わらず、威力はむしろ低下するというのがその時の結論だった。

 断熱圧縮で高温プラズマ化した空気の刃『熱風刃』を術式解散で迎撃しながら、達也は何度目かの呟きを心の中で漏らす。

 

「(何故この力を前回使わなかったのか)」

 

 

 飛行機内だったからというのは理由にならないはずだ。あの時、アークトゥルスは自ら輸送機の壁を撃ち抜いている。機体の破壊を恐れていたはずはないし、友軍の兵士がいたというのも、その同僚が達也に倒されるのを目の当たりにしているのだから理由にならない。力を加減していたというのは、考え難い。封印から抜け出した際、何らかの理由で力が増したのだろうか。

 

「(幹比古の封印を破ったのは、光宣だろうか……)」

 

 

 達也では、パラサイトを封じた古式魔法を発動出来ない。だがその性質は理解している。あれは、内側から破れるようなものではなかった。

 

「(封印解除と同時に、魔法力を向上させる術式を使った?)」

 

 

 達也は他人の魔法技能レベルを引き上げるような魔法を知らない。だが言うまでもなく、達也は全ての魔法を知り尽くしているわけではないし、それを自覚している。

 

「(考えるのは後だ)」

 

 

 アークトゥルスが非圧縮空気弾を撃ち出す。圧縮していない空気の砲弾を着弾と同時に、気圧に逆らって球状に強制拡散させる魔法。断熱膨張による冷却と気圧の急激な低下によってダメージを与える攻撃だ。

 達也は魔法式の、強制拡散を定義した個所を術式解散で分解した。彼の狙い通り、アークトゥルスの事象干渉力は何の効果も生み出さずに浪費される。

 ただ魔法を無効化するより相手を消耗させるディフェンスだが、所詮は防御であって攻撃ではない。攻撃を防いでいるばかりでは、アークトゥルスを撃退する事は出来ない。

 達也は飛行魔法を操って、アークトゥルスの幽体に急接近した。精神体そのものではなく、肉体の情報を保持する人型の想子情報体を目掛けて。

 

「(まずは、敵の状態を把握するのが先決だ)」

 

 

 いくら達也といえども、戦った事の無い相手を簡単に倒す事は出来ない。それが分かっているから相手の情報を間近で視ようと接近を試みた。アークトゥルスは達也が間合いを詰めるのを予測していたかのように、待ち構えていたようなタイミングで、達也の前に灼熱の壁が立ち塞がる。空気の断熱圧縮による高温の障壁。達也は気体を圧し固める魔法を、術式解散で分解する。

 解き放たれた熱と爆風は、飛行装甲服・フリードスーツで遮断。十メートル未満の距離まで近づいて、達也はアークトゥルスに想子の本流を叩きつける。

 術式解体。相手が肉体を持つ人間であれば、想子流を浴びても一時的に身体の感覚を狂わせるだけだ。肉体は精神を守る強固な防護殻であり、想子情報体は肉体と結合して安定性を得る。術式解体に想子情報体の一部を吹き飛ばされても、欠損は肉体の情報を参照する事ですぐに修復される。

 だが肉体という宿を持たなければ、想子情報体の修復は出来ないはずだ。想子流の圧力で、情報体が破損したなら。

 

「(殆ど効果はない、か……)」

 

 

 アークトゥルスの幽体は、達也の術式解体に能く耐えた。人型のシルエットがほんの少し細ったように見えるが、それだけだ。「アレクサンダー・アークトゥルス」という情報は保たれている。

 アークトゥルスが達也から離れる。逃げたのではない。一旦距離を取っただけだ。アークトゥルスが、肉眼では視認困難な雷撃の針を連続して放つ。達也は術式解散ではなく、空中機動でこれを回避した。その結果、二人の距離が術式解体の射程外まで広がる。そこで初めて、達也の内側に焦りが生じ始めた。

 

「(あまり時間を浪費しては、光宣を見つけるのが困難になってしまう。かといって、こいつを無視して追い続ける事は不可能……現段階でこの相手を消し去る事は、俺でも出来ない)」

 

 

 水波を乗せた自走車は今も西に進んでいる。光宣の事だから、魔法的な隠蔽を固めた隠れ家を用意しているに違いない。光宣の魔法力低下が何時まで続くのかも分からない。もしかしたら五分後には、水波の所在を探知できなくなるかもしれない。

 だが目の前の敵を撃退しなければ、追跡を続けられない。それなのに達也は、攻略の糸口を見つけられずにいるのだった。




凄い観察眼だよな……

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