劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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攻撃を捌きながらだからな……


観察結果

 世界に存在する事象の情報を写し取り保存して誤認させる技術。それが魔法だ。四葉家は達也の『分解』を「魔法ではない」と判定したが、根本的な原理は魔法以外の何ものでもない。

 

「(俺には物質の構造が見えていない。だが、「分解」する事が出来る。ならばなぜ、精神の構造が直接「視」えていないというだけで、分解魔法が通用しないと言える? 今、俺が視ているものは何だ?)」

 

 

 彼が「アークトゥルス」と認識しているのは、彼の肉体の情報を保持した想子構造体だ。しかしそこに保存されているのは、肉体を更生する物質的な情報だけではない。まだ完全には解明されていない事だが、物質世界に属する肉体とは別次元に存在する精神を繋ぐのが、生物にとっての想子の主たる役目だ。物理的な相互作用を持たない想子が唯一の例外として、想子の波で組織化された脳細胞に電磁的な信号を発生させ、脳細胞の電磁パルスが想子の波を誘発する。この性質によって、想子は精神と肉体の通信を担っている。

 事象には情報が伴う。事象の情報は、想子に記録される。それは、想子自身が引き起こす現象にも当てはまる。肉体の情報を保存した想子情報体には、精神との交信に使われていた想子の情報も残されている。達也が視ているアークトゥルスの想子ボディには、その精神がこの次元に働きかける為の通路が記録されている。

 

「(そもそもなぜ、精神体が想子情報体を伴う必要がある?)」

 

 

 達也は新たな問いかけを自身に向ける。アークトゥルスの攻撃の手――正確に言えば術式解体を使うための接近機動は中断され、迎撃と回避一辺倒になっているが、今考える事を停めるべきではないと達也の直感は告げている。彼はその、心の声に従って答えとなる仮説を組み立てた。

 

「(この敵、アレクサンダー・アークトゥルスだけではない。パラサイトの本体も常に、想子の外皮を纏っていた。精神は肉体を直接コントロール出来ない。肉体が感じている情報を、直接認識する事も出来ない。精神は、霊子情報体は、想子波を発信する事で肉体に命令を伝え、想子波を受信する事で肉体が入手した情報を取得している)」

 

 

 達也の反撃を考慮しなくてもいいと判断したからなのか、アークトゥルスの攻撃が激しさを増す。達也は敵の魔法を機械的に無効化しながら、考察の核心に踏み込んだ。

 

「(肉体が無くても同じなのか? 精神はこの次元に直接干渉ことが出来ず、この次元の情報を直接取得する事が出来ない? 現在の魔法学会では、情報次元といってもこの世界から独立した異世界があるわけではない、という仮説が主流だ。情報の次元は、事象の情報を記録する為のプラットフォームに過ぎないもの。この世界とは、表裏一体の関係にある。精神体は、物質次元と同様に情報次元にも、直接のアクセスは出来ない? 想子で構築した構造体を媒体とし、その中に設けた通路を使って物質次元と情報次元にアクセスしているのか? ならば精神にとってのアクセスポイントになっている想子構造体を分解すれば、精神をこの次元から切り離せる!?)」

 

 

 天啓のように達也の脳裏に閃いた方法を、彼はさっそく試してみる事にした。まずアークトゥルスの幽体に、情報体認識能力『精霊の眼』を向ける。幽体の中に、精神が情報次元と接続するために使っている構造を探す。

 肉体そのものの情報――非該当。肉体が精神との交信に使っていた想子情報体セクションの情報――非該当。魔法式を出力する『ゲート』の情報――

 

「(……いや、これではない)」

 

 

 意識領域の最下層にして無意識領域の最上層に存在する『ゲート』は、肉体を持つ魔法師の精神が魔法式を魔法演算領域からターゲットとなるエイドスに放つ出口だが、肉体から抜け出たアークトゥルスは、幽体に記録された『ゲート』を魔法の発動に使っていない。どうやら『ゲート』は、精神が肉体と交信する際のチャネルを改造したものであるようだ。

 

「(――!?)」

 

 

 アークトゥルスから達也に、精神干渉系魔法の攻撃が飛ぶ。フル稼働状態だった達也の『精霊の眼』は、その魔法の射出口を捉えた。観察に気を取られていた所為で、魔法の無効化が一瞬遅れる。達也は空間認識――上下左右前後の感覚を奪う幻覚に襲われた。二メートルを落下したところで自分に貼り付いた幻覚魔法の魔法式を分解し、空間認識と飛行魔法の制御を取り戻す。

 

「(今のは……?)」

 

 

 達也は意識を集中し過ぎないように調節しながら、たった今捉えた想子構造へ「眼」を向ける。精神体で魔法式を出力する際のチャネルは使い捨てなのか、そこにあるのは痕跡だけだ。今は何処にも繋がっていない。だがその近くに、稼働中のチャネルが見つかった。

 達也はアークトゥルスの攻撃を無効化しながら、その通路を「眼」で調べた。幽体の「奥」からそのチャネルを通してごく短い間隔で――殆ど途切れなく――事象干渉力が送られてきている。

 アークトゥルスの攻撃は続いている。じっくり時間を掛ければ他のチャネルも見つけられそうだが、その余裕はない。一秒でも早く戦闘を終わらせて、水波を追い掛けなければならないのだ。達也は発見した事象干渉力の通路に「眼」で照準を合わせた。




思考速度が羨ましい……

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