発見したチャネルの構造を解析。物質・物理現象の情報体や魔法式の構造との質的な違いに手間取りながら、達也は常時稼働中のチャネルが何か、把握した。
「(――これは幽体離脱の術式を維持する為の「通路」か)」
彼の分析が完了したのと、ほぼ同時。アークトゥルスの攻撃が、いっそう激しさを増す。そこには、焦りのようなものが感じられた。もしかしたらアークトゥルスは、自分が「視」られたことを感じ取って、危機感を覚えているのかもしれない。
だからといって、達也が為す事は変わらない。敵の攻撃を分解し、自分の攻撃を組み立てる。物理的事象のエイドスの分解とはいささか勝手が異なるとはいえ、想子情報体の分解という本質に違いはない。情報体に伴う情報体を分解するスキームは、魔法式の分解に近いと言えるかもしれない。達也はそう判断して、魔法式の構築に術式解散のノウハウを応用した。何時もの倍の時間をかけて、達也はアークトゥルスの幽体に情報体分解の魔法を放った。幽体の全てを分解するのではなく、幽体離脱を維持するために稼働中の魔法チャネルを標的として。
手応えは、あった。彼が「視」ている先で、事象干渉力の通路が崩壊する。幽体の該当箇所から、霊子の波が漏れる。達也は霊子を粒子として視認できないし、霊子波を信号として理解も出来ないが、霊子波の明暗程度は知覚できる。
「(事象干渉力の正体は霊子波か!?)」
事象干渉力は魔法師の無意識領域からターゲットのエイドスに直接注ぎ込まれる。それは魔法師本人にも「事象干渉力を注いでいる」としか認識出来ないものだった。だが達也は今、むき出しになった事象干渉力のチャネルを破壊する事で、魔法師としておそらく初めて事象干渉力そのものを「眼」にしている。
「魔法には、想子だけでなく霊子も使われていたのか……」
彼は思わず声に出して呟いた。事象干渉力はテレポーテーションのように直接移動するものであるが故に、達也のクラスメイトの美月のような、霊子を直接視認する事が出来る異能者にも霊子波として認識される事は無かった。領域干渉のような事象干渉力そのものを空間に満たす魔法でも、それはあくまで「魔法」として、空間に干渉した後の状態でしか観測されることはなかった。
事象干渉力の正体について、過去に探求がされてこなかったという事ではない。想子情報体ではなく霊子情報体が事象干渉力を媒介としているという仮説も、少数派ながら魔法研究者の間には存在している。しかし、事象干渉力の正体が霊子波であると観測されたのはこれが最初だ。達也の誤認でなければ、魔法学における一大発見となるだろう。だがこの場では、研究者としての好奇心より戦士としての状況把握が優先される。事象干渉力チャネルの崩壊よりも、幽体全体の状況に達也は注意を向けた。
変化はすぐに現れた。これまで絶え間なく攻撃魔法を放っていたアークトゥルスの幽体が、動きを止めている。空間的に動かなくなっただけでなく、想子情報体の活動が観測出来なくなった。投影幽体を構成する想子の密度が低下していく。希薄化は十秒前後で止まり、その直後アークトゥルスの幽体は、虚空に吸い込まれるが如く消え去った。
事象干渉力の供給路が閉鎖された事により幽体離脱の魔法が維持できなくなり、アークトゥルスの精神体は肉体へと追い返された。
戦況は自分に有利だったはず、暗闇の中でアークトゥルスはそう考えた。仲間と自分自身の仇に遭遇して、全力を以て報復を果たそうとした。敵は精神体に対する攻撃手段を一種類しか持ってなかったうえ、射程距離が魔法としては話にならないくらい短い。相手は強力な魔法無効化手段も持っていたが、距離を取って攻撃を続けていれば、少なくとも負ける事はない。
そのはずだったが、突如激痛に襲われた。アークトゥルスに抜歯の経験は無いが、麻酔を使わずに歯を抜かれたらこんな苦しみを味わうのだろう、そう思わせるような痛みだった。血ではないが、血液と同様の命に直結している「何か」が抜け出していく感覚。突如視界が暗くなる。視覚だけではなく、幽体が再現していた代用の五感が突如薄れる。現実がいきなり、遠ざかっていく。
そして気がついた時には、アークトゥルスはこの暗闇の中にいた。彼はこの暗闇が、虚無で満たされている事にすぐ気づいた。
「(封印された肉体の中に戻されたのか)」
自分は死んだと思っていた。精神と肉体の繋がりは、完全に切断されてしまったと思い込んでいた。だがどうやらそれは、誤解だったようで、自分には分からない鎖で「自分」と自分の肉体は繋がっていたらしい。アークトゥルスは薄れ行く意識の中でそう思った。思考に霞が掛かる。考える事、思う事がままならなくなる。
我思う、故に我あり。この有名なデカルトの命題が正しいとすれば、思う事、即ち思考が途絶えた瞬間に「我」は消える。アークトゥルスは意識を失い、思考を失い、彼の自我は虚無の闇に沈んだ。
どっちもだな……