劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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感受性が高い人には分かる


戦いの余波

 達也は苦戦しながらも、アークトゥルスの幽体を退けた。だが術式解体と術式解散の連発は、彼をひどく消耗させていた。

 

「ここまでか」

 

 

 無理をすれば、まだ飛べる。だが彼は、ここで無理をして万が一にも自滅する事は出来なかった。

 

『水波を助けたい』

 

 

 達也自身もそう思っているが、彼以上に深雪がそれを望んでいる。しかし達也が優先すべき相手は、水波よりも深雪だ。ここで倒れてしまえば、いざという時に深雪を助けに行けなくなる。達也に無理が許されるのは、深雪が望んだ場合と深雪に脅威が迫った場合だけ。水波の追跡を続ける為にアークトゥルスを撃退して、その結果、追跡続行の余力を失うのは皮肉な結果だが、それが現実だから受け入れる以外にない。達也はスーツの情報機能を呼び起こし、現在時刻を確認する。

 

「(戦っていた時間は、約十五分か……)」

 

 

 達也の体感以上の時間が経過している。それだけ自分に余裕がなかったのだろうと、達也は考えた。

 

「(やはり無理をしなくて正解だったか)」

 

 

 負け惜しみ気味ではある事は否定出来ないが、達也は自分のコンディションをチェックしながらそう考えた。今すぐ飛べない事は無いが、再び空中戦闘になれば、十分なパフォーマンスは望めない。暫く地上で休んでいた方が良いだろうと、彼は判断した。

 達也が着用している『フリードスーツ』は、普通の公道を走っていても不審に思われないよう、市販のライディングスーツとよく似た外見に作られている。バイク用のスーツを着ていながら徒歩というのは違和感を覚えさせるが、道端にいても奇異の目で見られる程ではない。そう考えて達也はヘルメットを脱ぎ、ゆったりとした歩調で西へ向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 克人に指揮された十文字家の魔法師は今、厳しい顔つきで光宣の車を追いかけている。彼らは先ほどまで、師族会議の決定に従って、水波が入院していた病院の周りで光宣を待ち構えていた。

 十文字家に与えられた役割は、七草家と協力して九島光宣を捕らえる事。だが今日光宣の奇襲に対して七草家は全く役に立たず、十文字家は当主の克人が陣頭指揮を執っていたにも拘わらずまんまと光宣に出し抜かれた。

 光宣と接触する事さえ出来なかった七草家の魔法師たちは、当主・弘一の指示を仰ぐべく一旦屋敷へ戻った。一方、光宣の策に落ちて彼を捕縛するという目的を果たせなかったばかりか、囮に使った水波を奪われるという失態を演じた十文字家は、克人自ら追跡車両に乗り込んで光宣の後を追っていた。

 追跡部隊の陣容は軍用車両を改造した七人乗りSUV二台に四人ずつ、合計八人。面子を掛けるには物足りない陣容に思われるが、首都防衛という十文字家本来の役目に支障が出るのでそれ以上の人員を割けないという事情がある。

 しかし同時に、克人が指揮する十文字家の精鋭八人だ。そもそも調布で光宣に後れを取ったのは、市民を人質に取られたという側面がある。純粋な戦闘で後塵を拝したわけではない。市街地を離れれば、相手は同じ策を使えない。克人も彼の部下も、光宣の追跡に出発する前から雪辱の念に燃えていた。

 克人たち追跡部隊が出発したのは、光宣が水波を攫っていった十分後。その遅れを縮めるべく相当無茶な運転をさせていた。彼らの車は警察車両でもなければ緊急車両でもない。危険走行は警察の取り締まりを受ける恐れがあるので、彼ら追跡部隊は事実上の限界速度で西進していた。

 それだけの無理をしてきたにもかかわらず、克人は突如、一般道へ降りるよう運転手に指示した。もう一台の車両には追跡を続行するように命じて、自分が乗るSUVは八王子ジャンクションから圏央道経由で甲州街道へ針路を向ける。

 高尾山南の上空で感知した、激しい魔法戦闘の気配。旧行政区分で言えば、ここはまだ東京都内だ。首都防衛の要である十文字家の魔法師として、到底見過ごせるものではない。

 十文字家の魔法師は卓越した能動的干渉力に比べると、受動的な知覚力がワンランク落ちる。現在彼らが感知している戦闘も、開始されたのはもっと前の可能性がある。ここまで接近しなければ分からなかっただけで、もう決着が付こうとしているのかもしれない。それでも、素通りは出来なかった。十文字家に与えられた本来の役割は首都を武力攻撃から守る事。物質兵器による攻撃だけでなく、魔法による攻撃も取り除くべき脅威に含まれている。いくら辺緑とはいえ首都圏で、実際に魔法戦闘が発生している気配を捉えて、それを無視する事は出来なかった。十文字家当主として、克人自身が対処しなければならなかった。

 しかし、八王子ジャンクションから圏央道を南下中に、戦闘の気配は消えた。どうやら戦いに介入するまでもなく決着が付いたようだ。圏央道に乗り直して追跡を再開するというのも一つの選択肢だったが、どうせ一度は高速道路から下りなければならない。最期に戦闘の余波をキャッチしたのは高尾山南西の上空だ。克人はその地点に車を向けるよう、改めて命じたのだった。




劇場版でも感じ取ってましたしね

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