劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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この二人が共闘すればだいたい解決しそう


合流

 達也は背後から迫る自走車の音に、足を止めて振り返った。単にここを通る車が珍しかったからではなく、その中に知人の気配を感じたからだ。

 

「(十文字先輩か)」

 

 

 光宣の乗った車を追い掛け中央道を西に進んでいるはずの十文字克人が、何故高尾山南西の甲州街道を走っているのか、疑問ではある。だが戦闘に堪えるだけの力を回復する為、もう少し休憩を取りたい達也にとっては好都合だ。

 達也は足を止め身体ごと振り返った。二分も経たない内に武骨なフォルムのSUVが近づいてきて、達也の前に停まる。助手席の窓を開けて彼の名を呼んだのは、達也が察知した通り克人だった。

 

「司波?」

 

「十文字先輩。光宣を追跡中でしたら、乗せていただけませんか」

 

 

 達也の図々しいリクエストに、克人は一言「乗れ」と答え招き入れる。達也は二列目左のシートに座らされた。克人の真後ろだ。

 克人が伊豆で達也に左腕を焼かれてから――その腕は他ならぬ達也が元に戻したが――まだ二ヵ月も経っていない。それなのに克人は達也に背中を向けて、まるで警戒している素振りがない。肝が太いのか人が良いのか、それとも思考のあり方が常人とは違うのか。

 もっとも達也の方も、克人がどう感じるかなど全く考えず、勧められるままこの席に座ったので、達也と克人はこの辺りお互い様だろう。

 

「司波、誰と戦っていた?」

 

「パラサイト化したUSNAの軍人です」

 

 

 Uターンした車の中で、克人が最初に尋ねたのは、戦闘の相手だった。達也としても、特に隠す必要は無いので、事実をそのまま答える。ただこの回答では、説明不足の感は否めない。

 

「宿主を抜け出したパラサイトの本体が、こんな所まで飛んできたのか?」

 

 

 直前までパラサイトの本体に手を焼かされた克人がこのように誤解するのは、無理もないと思われる。

 

「いえ、パラサイトの本体ではないと思います。自分には精神体を詳細に認識する視力がありませんので確実とは言えませんが、幽体離脱で肉体から抜け出した幽体ではないかと」

 

 

 達也も言葉が足りなかったと自覚したのか、今度は少し長めの答えを返す。だがこの答えも、克人の疑問に完全に答えた物とは言えない。

 

「幽体離脱? パラサイトが?」

 

「パラサイトだったのかどうかも分かりません」

 

「……しかしお前は、パラサイト化していた米軍の者だと言ったではないか」

 

「それは確実です。先程の相手と交戦したのは二回目。前回は間違いなくパラサイトでした」

 

 

 それまで前を向いたまま質問をしていた克人が振り返る。ヘッドレストの脇から横顔をのぞかせた克人は、鋭い眼差しを達也に向けた。

 

「――それはつまり、パラサイトが人間に戻ったのかもしれないということか?」

 

「自分が懐いた印象以外の根拠はありませんが、その可能性は排除できないと考えます」

 

「……そのアメリカ軍人は倒したのか?」

 

 

 少し考えてから、克人はパラサイトとは関係ない質問をした。それはつまり、パラサイトに関する考察を差し当り棚上げにしたことを示していたが、達也としてもその判断に異論はない。

 

「当面は無力化出来たと思います」

 

「そうか。我々はお前が言った通り、九島光宣を追跡中だ。もう一台の車は四葉家から提供された情報に基づき、現在は河口湖方面へ進んでいる」

 

「街中に入られると厄介ですね……」

 

「都心で交戦するより被害は少ない。そう考えて、ある程度割り切るしかあるまい」

 

 

 克人はどうやら、第三者を巻き添えにする事も辞さないと腹を決めているようだ。調布の病院前で市民を盾に取った光宣の遣り口が、この覚悟に繋がったのだろう。

 

「むっ」

 

 

 克人の眉がピクリと動き、短く声を漏らす。ただしそれは、状況の悪化に反応したものではなかった。

 

「高速を下りたようだ。これは……市街地に潜り込むルートではないな。目的地は青木ヶ原樹海か?」

 

 

 達也は手に持っていたヘルメットをかぶり、克人が受信しているのと同じデータを、バイザーに表示する。光宣の現在位置を示す円は相変わらず直径一キロ程度の大きな誤差に甘んじながら、河口湖に広がる町の南を西に向かって進んでいた。確かにこのコースなら、青木ヶ原樹海に隠れ家があると考えて良いだろう。達也もそう推理した。

 

「青木ヶ原樹海なら、国防軍の管轄だ。逃げ切れるとは思えないが……」

 

 

 青木ヶ原樹海が脱出不可能な魔境だと考えられていたのは前世紀の話。そこにいると分かっていれば、捜索はそれ程困難ではない。克人も達也もそれは知っているし、そこに逃げ込むのなら国防軍の力を借りられるかもしれないとも考えた。

 

「光宣もその事は知っているでしょうから、そう簡単にはいかないとは思いますが……そこにいると仮定すれば、探すのはさほど難しくはないのかもしれませんね」

 

「そうだな。闇雲に探し回る必要は無くなる。問題は、本当にそこが目的地なのかどうかだ」

 

 

 樹海を抜けて別のところへ逃げられたら面倒だが、樹海内に留まってくれるなら捜索はさほど難しくないだろう。そう考えながらも、克人も達也も楽観的な気分にはなれず、難しい表情のまま光宣の現在地を移しているモニターを睨みつけるのだった。




並んでる光景はちょっと見たくないかな……威圧感が凄そうだし……

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