劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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普通の家じゃないしな……


隠れ家へ

 光宣と、そして水波を乗せたワゴン車は、木々の間を縫って伸びる細い道を進んでいた。舗装されていない土の道だが、走っていて凹凸はまるで感じられない。左右は樹木の壁。頭上には緑の天蓋。車一台分の幅しかない道は緩やかに蛇行していて、視界は十メートルもない。

 

「(このような道、達也さまや四葉家の方々ですら知らなかったでしょう)」

 

 

 富士の樹海にこんな道があったのかと、自責の念に沈んでいた水波ですら驚愕に捕らわれ、いくら達也たちでもこのような道は把握していないだろうという考えにたどり着く。そもそも水波は、この細い道に何時、何処から入ったのか気付けなかった。河口湖、西湖の南側を東西に走る道路から富士山の西側を回り込んで南下する道へ移り、暫くは走っていたかと思えば、いつの間にかこの細い道路に入り込んでいた。対向車が来れば互いに立ち往生してしまうような小道だが、水波が乗っている車以外に、車両どころか歩行者の影もない。これだけ平らに整備された道であれば遊歩道として観光客が利用しそうなものだ。

 

「(何故人が一人もいないのでしょうか……)」

 

 

 首を捻っていた水波の前に、突如意外な光景が広がる。いきなり開けた視界。綺麗に整地された広い敷地に建つ、平屋の木造家屋。派手さは無いがどことなく異国情緒を漂わせる邸宅の向こう側に、道は無かった。今通ってきた細い道路は、この館に出入りする為だけの物だという事だ。敷地は森をきれいな円形に切り開いたもので、塀も門もない。ワゴン車は、玄関の前で駐まった。

 

「水波さん、ついて来て下さい」

 

 

 光宣に促されるまま、水波は車を降りて館へ向かう。ふと背後を振り返って、水波は三度驚く。

 

「えっ!?」

 

 

 今さっき通ってきたはずの道はなく、彼女の視界には樹木が広がっているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也と克人は青木ヶ原樹海に向かう車の中で光宣の動きをモニターしていた。

 

「むっ?」

 

 

 克人が訝し気な声を漏らす。その理由は聞く必要は無い。達也も同じ心境に陥ったから。バイザーに映っていた光宣の反応を示す光円が唐突に消失した。

 

「司波、お前の方もか?」

 

「えぇ」

 

 

 ヘルメットを脱いだ達也に問いかけてきた克人は、自分たちのレーダーの故障ではないと確認し、もう一台の自走車を無線で呼び出した。

 

「……そうか。分かった。俺が合流するまでその場で待機」

 

 

 通信を終え、克人が達也に振り返る。

 

「九島光宣の逃走車は、結局視認出来なかったようだ。先行している追跡車は富士風穴の手前で反応を見失っている」

 

「樹海の中に潜り込んだのでしょうが、東か西かも分からないんですか?」

 

「残念だが」

 

 

 達也はそれ以上、十文字家を責める言葉を口にしない。光宣を見失ってしまったのは自分も同じだという事を、彼は忘れていなかった。

 

『達也さん、少しよろしいでしょうか?』

 

 

 克人との間に会話が途絶えたタイミングで、達也の端末が震え、通話ボタンを押すと亜夜子の声が聞こえてきた。

 

「そちらでは光宣の居場所を捉えられているのか?」

 

『いえ、残念ながら……青木ヶ原樹海に向かったという事くらいしか分かっておりません。黒羽家の人間を総動員して青木ヶ原樹海を捜索致しましょうか』

 

「いや、今はまだその決断をする時ではない。とりあえず実際に青木ヶ原樹海に行ってみてから決めればいい事だ」

 

『かしこまりました。達也さん、水波さんは深雪お姉さまだけでなく、私にとっても家族のような方です。無理はして欲しくありませんが、どうか九島光宣の思惑通りにはさせないでください』

 

「分かってる」

 

 

 水波と亜夜子との間にそれ程接点はなかったはずだが、達也が知らない間に仲良くなっていたようで、亜夜子は最後に水波の身を案じる言葉を告げて通信を切った。その通信が終わるのを待っていた克人に視線を向け、達也は何事もなかったかのように告げる。

 

「可能性は二つですね」

 

「ああ。九島光宣が本来の魔法力を取り戻したのか、強力な隠蔽が施された家に逃げ込んだのか。あるいは、その両方か」

 

 

 克人が示した三つの可能性に、達也は異を唱えなかった。達也もその三つのどれかだろうと思っていたのだ。

 

「そのいずれであるにせよ、現地で痕跡を探してみるしかあるまい」

 

「そうですね」

 

「司波。魔法の痕跡を探すのは、我が十文字家の魔法師よりお前の方が得意だろう。頼めるか」

 

「もちろんです。光宣に攫われたのは我が四葉家の従者です。本来であれば十文字家の皆さんのお力を借りるような事ではないのですが」

 

「九島光宣は人に仇為す存在だ。首都防衛の任を仰せつかっている十文字家の人間として、ヤツを排除するのに助力するのは当然だ」

 

「ありがとうございます。四葉家次期当主として、十文字家の皆さんにお礼申し上げます」

 

「その礼は桜井水波を取り戻してから受けよう。今は九島光宣を捕らえる事だけに集中しろ」

 

 

 達也の礼を克人はまだ早いと一蹴し、運転手に先行車両が待機している場所まで、法定速度ギリギリで向かうよう指示を飛ばす。達也は先の戦闘で疲弊していた体力がある程度回復しているのを確認して、いざとなれば光宣と一戦交える覚悟を決めるのだった。




当主と次期当主なんだけど、若輩者なんだよな……

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