劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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所謂チートアイテムだしな……


聖遺物の力

 達也と克人が彼らに先行して光宣を追い掛けていた自走車に合流した時刻は、午後四時二十分前後だった。既に夏至を過ぎているとはいえ、まだ日は長い。道路には左右に生い茂る木々が影を落としているとはいえ、照明が必要になる暗さではなかった。

 

「……司波、何か分かるか」

 

 

 樹木の壁を左右交互に睨んでいた克人が、小さく一つ息を吐いて達也に振り返って尋ねる。車の中で彼自身が言ったように、こういった痕跡探しは達也の方が適任だろう。

 

「確かめてみます」

 

 

 立ち並ぶ木々を克人と同じように見詰めていた達也が、道路を横切って西側の樹林へ進む。克人の部下が、声にならない驚きを漏らす。木々の間を縫って進むのではなく、樹木の壁に向かってまっすぐ進んだ達也の身体が、立ち塞がる木の枝と幹を素通りしたのだ。

 達也が両手を左右に広げてゆっくり回る。半回転しても、達也の腕は枝に引っ掛かるどころか、木の葉に触れる事もなかった。それどころか、彼の周りに立っていた木が消えた。代わりに車一台が辛うじて通れる、細い道が出現する。

 

「幻術か」

 

「ええ。目の前まで近づいても気が付かない、強力な幻影魔法ですね。近くに魔法師の気配が無いところから見て、聖遺物クラスの魔法具を使っているのでしょう」

 

「魔法具か」

 

「どのようなものかは分かりませんが。我々の知らない、古式魔法の秘術だと思われます」

 

「フム……」

 

 

 克人が腕を組んで考え込む。とりあえず入り口を隠す魔法は破ったが、この先にどんな術が仕掛けられているか分からない。それに、隠されている道がこれだけとは限らない。光宣がこの道を進んだと断言できないのだ。

 

「空から探しても、見つからないでしょう」

 

 

 腕組みをしたまま達也へ視線を向けた克人に、達也は微かに苦い表情を浮かべて答える。

 

「そうだな……」

 

 

 上空から暴き出せるような幻影なら、偵察衛星や成層圏プラットフォームで存在が暴かれているはずだ。克人が車中で言ったように、青木ヶ原樹海は国防軍の管轄だ。国防軍がそれを放置するはずがない。青木ヶ原樹海は観光地であると同時に、国防陸軍が定期的に森林行軍の演習に使っている軍用地。誰のものとも分からない幻術が仕掛けられた森林で演習など、徒に兵士の身を危険に曝す愚行。そのような術の存在を許すはずがない。もっとも、現実に幻術は仕掛けられている。たとえ不注意で見逃したのではないとしても、国防軍が大きな失態を犯しているのは事実だ。しかしそれは裏を返せば、上空からの監視ではこの地に仕掛けられた魔法の陣を発見できないという事だった。

 

「進もう。虎穴に入ったからと言って虎児を得られるとは限らんが、ここで引き返しても状況は改善しない」

 

「賛成です」

 

 

 克人は達也の指示など必要とはしなかったかもしれない。だが達也が克人の決断に賛同してすぐ、十文字家の魔法師はそれぞれの車に戻った。

 

「司波、九島光宣と桜井水波は、本当に恋人同士ではないんだな?」

 

「光宣が水波の事を想っているのは確かですが、水波は光宣の想いに応えてはいません。四葉家としてではなく、一個人としての考えですが、もし水波が光宣と共に生きていく事を選んだのなら、俺はここに来ていません」

 

「そうか」

 

 

 克人は水波が光宣に攫われたという事しか知らない。まさか水波が光宣を深雪の魔法から庇って、その隙に連れ去られたなどと思ってもいない。ゆっくりと状況を聞く時間があればこのような質問は出てこなかったかもしれないが、克人は水波が攫われたという事実だけを聞き光宣を追い掛ける事にしたのだ。

 そこには民間人を人質に取られて失態を犯したことを取り替えそうとする気持ちもあったかもしれないが、事前に光宣と水波が恋人関係ではないと知らされていたので、誘拐された少女を助けようという気持ちがあったのも確かだ。

 

「克人様、これ以上先には進めそうにありません。幻術の他に、何か魔法が使われているかもしれません」

 

「司波、何か分かるか?」

 

「いえ、残念ながら……」

 

 

 残念ながら、先ほどの「虎穴に入ったからと言って虎児を得られるとは限らない」というセリフは、「失敗する可能性があるものは(必ず)失敗する」というマーフィーの法則的な予言になってしまったようだ。

 

「先ほどと同じように聖遺物を使った幻影かもしれん。どこかに道が無いか虱潰しに探せ」

 

 

 克人の指示に十文字家の魔法師は何度も細い道を往復し、他に道が無いか必死に探す。だが何も発見出来ずに時間だけが過ぎていく。

 

「十文字先輩、これ以上捜索を続けるのは得策ではないかと。今日のところはもう」

 

「そうだな……」

 

 

 既に日は落ち辺りは暗くなってきている。続けようとすれば捜索を続ける事は可能だが、徒に体力を消耗するだけで何も発見できないだろうという事は克人にも分かっていた。彼は部下たちに捜索中止を宣言し、細い道の入口まで戻った。

 

「司波、我々十文字家の人間が九島光宣の策略に嵌まらなければ、桜井水波は誘拐されなかったかもしれない。十文字家当主として謝罪する」

 

「肝心な時に病院を離れていた俺も悪いんです。先輩たちだけが光宣の策略に嵌まったわけではありませんよ」

 

 

 巳焼島の襲撃はUSNA軍の決定だろうが、達也はあれも光宣の陽動だと考えていたので、慰めではなく本心から克人の謝罪を不要なものだと告げた。




とりあえず撤退で

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