劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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責任を感じる必要はあまりないような……


襲い来る無力感

 何も見つけられないまま、達也は克人の好意により調布まで車で送ってもらっていた。飛んで帰る途中で敵に遭遇しても差し支えないだけのスタミナは回復していたが、当局を刺激しないようにと克人の進言を受け容れたのだ。

 

「俺は明日再びあのあたりを探してみるつもりだが、司波はどうする?」

 

「俺は別の方法で光宣を探せないか考えてみます。もちろん、見つけ次第先輩には連絡するつもりです」

 

 

 同じ敵を追っているので、情報を共有するのは当然であり、わざわざ口にしなくてもいいような気もする。だが達也と克人が戦った事を考えれば、しっかりと口にしておいた方が余計な疑念を懐かなくて済む。克人が、ではなく、十文字家の魔法師たちが。

 

「十文字先輩は、光宣の隠れ家があると思われる場所を、七草家へ報告するのですか?」

 

 

 達也は『隠れ家がある』とは断言しなかった。あの場所に本当に光宣が用意した隠れ家があるのか、まだ自分の目で確認していないからである。克人もその事は理解しているので、達也の表現にツッコミを入れる事はせず、軽く首を振ってから答えた。

 

「七草家には報告するつもりは無いが、九島光宣を捕らえる事に躍起になっている集団には情報を流しておいて損はないと思っている」

 

「千葉修次や渡辺先輩が所属している、通称『抜刀隊』ですか」

 

「そうだ。お前が九島光宣を生かして捕らえると考えているのとは違い、彼らは九島閣下の仇討を目的としている節があるから、お前には言っておいた方が良いと思ってな」

 

「俺個人の判断で殺して良いのか分からないだけで、完全にパラサイトに自我を奪われてしまったら、それもやむなしとは思っていますので、わざわざ断りを入れる必要はありません」

 

 

 達也のこの答えは、彼の本心であり、抜刀隊に光宣の情報を流しておくのは、彼としてもありだと思えることである。

 

「克人様、まもなく調布碧葉病院へ到着いたします」

 

「分かっている。司波、本当に病院の前でいいのか?」

 

 

 最初克人は達也の家――四葉ビルまで送ると申し出ていたのだが、達也は病院前で構わないと答えた。克人たち十文字家の人間に四葉ビルの内情を探られることを嫌ってではなく、病院で待っているであろう深雪に報告をする為に。

 達也と克人が調布に到着した時には、夜八時を回っていた。達也が乗った自走車が車寄せに止めたのとほとんど同時に、玄関から深雪と夕歌、そして夕歌のガーディアンである桜崎千穂が出てくる。車から降りた達也に、深雪が期待の篭った眼差しを向けてくる。だが彼女はすぐに、俯いた。達也の厳しい表情を見ただけで、水波の奪還が上手くいかなかったと察したのだ。

 

「達也様、お疲れさまでした」

 

 

 しかし、彼女が下を向いていたのは僅かな間だけ。硬い表情だが、それでも笑みを浮かべて、深雪は達也に労いの言葉を掛けた。

 

「すまない、失敗した」

 

 

 達也が謝罪を口にする。素っ気なくすら感じさせる短いフレーズは、取り繕う余裕の欠如を示している。深雪の期待に応えられなかったことを、達也は心の底から悔いていた。

 

「いいえ、元はと言えば、私の失態ですから」

 

 

 深雪の声には、ただ自責の念だけが込められていた。

 

「では司波、俺たちは引き上げる」

 

「お疲れさまでした」

 

 

 克人と彼の部下を見送った後、達也と深雪は病院に駐めたままのエアカーで四葉ビルへ向かう。普通の自走車と同じように地上の道路を走って五分弱。ドライブレバーを握る達也と助手席に座る深雪の間に、会話は殆どなかった。

 

「すぐにお食事をご用意しますので、少しお待ちください」

 

 

 部屋に戻ってからも、深雪はそう言ってすぐにキッチンへ引っ込んだ。避けられている、と達也は感じた。それも仕方がない。達也はそう思っている。

 彼は水波を連れて帰るという深雪との約束を守れなかった。深雪も人間なので、達也を責める気持ちが皆無であるはずがない。彼女に意思に反して、達也を詰る言葉が意識の中にわき出した時、深雪はそれを抑える為に自分が悪かったと思い込もうとする。その心の動きが、達也には手に取るように分かった。

 

『達也は悪くない。自分が光宣を逃がした所為だ』

 

 

 深雪はきっと、自分にそう言い聞かせている。それが余計に、彼女を追い詰めている。

 

「(だが今の俺に何が出来る……水波を連れ戻せなかった俺に)」

 

 

 仮に達也が今、「お前の所為じゃない」と深雪を慰めても逆効果にしかならない。深雪は達也を責めたくなくて、自分を悪者にしているのだ。それも達也には理解出来ているので、彼は深雪を追いかけてキッチンへ向かう事はしなかったのだ。

 

「(何を言っても逆効果にしかならないが、放っておくわけにもいかない……)」

 

 

 深雪の気持ちを楽にしてやりたいと思いながらも、肝腎の深雪に掛けるべき言葉が見つけられない。達也はリビングのソファに身を沈めて、無力感を噛みしめていた。

 

「(あの場所に仕掛けられた幻影魔法、あれをどうにかしなければ水波を連れ戻す事は難しいだろう。その間に水波がパラサイトにされてしまったら、それこそ取り返しがつかないことになる)」

 

 

 一刻も早く光宣を捕らえ水波を連れ戻さなければ。達也は沈みゆく身体に鞭を打ち、自分に出来る事を探す為に頭を働かせることで、深雪への罪悪感、己の無力さから目を逸らすのだった。




時には目を逸らす事も必要ですよね

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