劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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責任を感じてしまうのも無理はない


眠れぬ深雪

 深雪から、病院で何があったのか詳しい話を聞く。否、告白衝動に任せて喋らせる。今日の顛末をレポートに纏めて本家の真夜へ送信し、巳焼島防衛戦の詳細と結末を本家から転送してもらった報告書で確認する。

 とりあえず今日の内に終わらせるべき事を完遂した達也は、寝間着代わりの半袖Tシャツ・ハーフパンツ姿で、渇いた喉を潤すべくダイニングへ向かう。現時刻は真夜中近く。レポートを書き始めたのが遅かったから、これは仕方がない。本家への報告よりも、深雪の気持ちが落ち着くまで側についてやる方が優先順位は高かった。

 もっとも深雪が多少はいつもの調子を取り戻したと言っても表面的なもの。彼女が無理をして笑っているのは達也でなくても分かる。

 

「(明日は一日家にいて、深雪についていてやるか……)」

 

 

 幸いにして、新ソ連侵攻に伴う休校が解除されるという報せは無い。そんな事を考えていた達也の耳に、扉が開く控えめな音が飛び込んできた。

 

「達也様……」

 

「深雪、まだ寝ていなかったのか」

 

「すみません……なんだか、眠れなくて」

 

 

 ネグリジェにナイトガウンを羽織った深雪の口調は、そう言いながらも少しあやふやだ。身体も心も疲れているのに、気持ちが寝る事を拒んでいる。達也はそんな印象を受けた。

 テーブルの前から立ち上がり、ダイニングの入口に立つ深雪に達也が歩み寄る。

 

「少し、話をしようか」

 

「……はい」

 

 

 深雪は達也に肩を押されて、大人しくリビングに移動する。その際達也がHARにハーブティーを持ってくるよう命じ、深雪が慌てて「自分が」という雰囲気を見せたが、達也はそれを手振りで押しとどめた。自走式のワゴンがオレンジピールとカモミールのブレンドを二人分持ってきて、達也が身軽に立ち上がって片手で一つずつ、ソーサーに載ったままのカップを取り、一つを深雪の前に置いた。

 

「ありがとうございます」

 

 

 恐縮しながら深雪がお礼を言い、達也は笑顔で首を左右に振る。互いにハーブティーに口をつけたが、特に感想は無かった。HARが淹れたハーブティーの味が満足のいくものではなかったからだろうか。

 深雪にとってこのハーブティーは、不満ではあるが顔を顰める程でもない。そんな微妙な味だったようだ。

 そんな、どうという事の無い感想が自然に湧き上がってきたお陰で、深雪の心は少しだけクールダウンで来た。達也がそれを意図したわけではないが、会話を始めるにはちょうどいい雰囲気になっていた。

 

「眠れないのは、水波の事が気になっているからか」

 

「はい」

 

 

 質問でも念の為の確認でもない、ただ事実を述べる口調で達也が言う。質問ではないから、否定出来ない。深雪は虚勢を張れず素直に頷く。強がることが出来ず――強がらずに、済んだ。そしてその達也の口調のお陰か、深雪が押し隠していた心情を語りだす。

 

「何が……間違っていたのでしょうか。水波ちゃんとは上手くやれていたと思います。本当の家族のように思っていたのは、私だけではない……と、信じたいです」

 

「そうだな。決して、深雪だけの思い込みではない」

 

 

 達也はあえて、推定系ではなく断定形で相槌を打った。それを聞いた深雪が微笑む――弱々しく。

 

「光宣君に対する気持ちも、理解していたつもりです。水波ちゃんは光宣君に人として好意を持っていた。それが恋になるかもしれないものだと。もしかしたら光宣君の一方通行の好意ではなくなっていたのかもしれません。私は水波ちゃんが光宣君を選んだとしても、それを否定するつもりはありませんでした」

 

 

 そこで深雪が言葉を切って俯く。だがすぐに顔を上げて、縋りつくような眼差しを達也に向ける。

 

「それが、間違っていたのでしょうか? 私は水波ちゃんに、光宣君を好きになってはいけないと、命じるべきだったのでしょうか? たとえ自分が他人の想いを踏みにじる人でなしになっても、光宣君は敵だと思わせるべきだったのでしょうか」

 

 

 深雪は水波が光宣に対して恋心に似た感情を懐いていたのを知っている。あれだけの美少年を相手に何も思わない自分の方が特殊で、水波の方が普通だという事も理解している。もし水波が自分の――達也の側にいる事よりも光宣の側にいる事を選んだとしても、自分にそれを止める権利はないと思っている。だが実際に自分よりも光宣を選んだように見えた水波の行動に、深雪は複雑な思いを懐いたのだ。水波の気持ちを優先したいと思う一方で、自分の側にいてくれると思い込んでいた自分に気が付き、深雪はどうすればよかったのか頭を悩ませていたのだ。

 

「深雪、お前は間違っていない。気持ちというものは自分の心の中から湧き上がってくるものだ。長い時間をかけて価値観を刷り込む場合は例外だが、基本的に他人が動かせるものではない。こんな時に俗なセリフで申し訳ないが、世間では『障碍が多い程、恋は燃え上がる』という。一旦恋愛感情にまで成長したならば、尚更言ってどうなるものではないと俺は考える」

 

「障碍が多い程、恋は燃え上がる……そうですね」

 

 

 深雪がクスッと笑う。今度は先程の微笑み程、痛々しくはなかった。恐らく自分の経験を振り返って、強い納得感を覚えているのだろう。




まぁ、水波は光宣に恋はしてないんですけども……
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