劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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とっくに出来ていても不思議ではない


深雪の覚悟

 途中から夕歌と千穂の気配がトレーニング施設にあったのは達也も気付いていた――施設に入ってくる前から気配で気付いていた――が、会話をする事もなく、傍に近づいてくることもなく出て行ったので、達也は二人の事を特に気にする事はしなかった。だが深雪と会話をしているのは分かっていたので、二人が出て行ってから達也は深雪に確認を取る。

 

「夕歌さんと何を話していたんだ?」

 

「大したことではございません。達也様が捜索を打ち切られた後、四葉家の人間があのあたりを捜索したそうですが、水波ちゃんと光宣君の行方は分からないままだという報告を受けただけです」

 

「そうか。四葉家の魔法師の中になら、光宣が用意した聖遺物クラスの結界を破れる者も居るかと思ったんだが」

 

「達也様が出来なかったのですから、他の誰にもできないと思いますわ。それこそ、先生のような古式魔法が専門な方でもない限り」

 

 

 確かに八雲ならあの結界を破り水波の居場所を見つけ出す事は出来るかもしれない。だが彼は無条件で達也の味方になるわけではないし、達也としてもこれ以上八雲に借りを作るのは避けたいことだった。今は味方でも――本当に味方かどうか聞かれれば、答えに窮する事だが――いずれ敵に回る確率が高い相手に、こちらの手の内を知られ過ぎるのを嫌っているのだと、深雪はそう考えていた。

 

「兎に角一刻も早く水波の居場所を探り当てなければ、光宣が強引に水波をパラサイトにしてしまわないとも限らないからな」

 

「ですが、光宣君の言葉を信じるのであれば、彼は水波ちゃんに無理強いを敷くつもりは無いはずですが」

 

「光宣の意思はそうかもしれないが、何時パラサイトに意識を奪われるか分からない。パラサイトの基本的な欲求は自己防衛と繁殖だ。今の水波にパラサイトの浸食に抵抗できるとは思えんからな」

 

「そう…ですね……」

 

 

 簡単な見落としをしていたことに気付き、深雪はますます自分を責める。達也の言うように、何時光宣の意識がパラサイトに乗っ取られるか分からない。もしかしたら既に乗っ取られていて、元の光宣を演じて水波を攫い、もう水波をパラサイト化させているかもしれないという可能性が、彼女の頭に過る。

 

「その心配は不要だ。位置情報は分からないが、水波がパラサイトになってしまったらすぐに分かる」

 

 

 自分の不用意な発言の所為で深雪を心配させてしまったと、達也はすぐさま反省する。深雪に気分転換をさせる為にトレーニング施設に誘ったのに、余計な心配をさせてしまったと、達也は自分の配慮の無さを恥じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也は失敗したと思っていたが、彼と一緒にたっぷり汗を流したことが、深雪にとっていい気分転換になった。朝食の席に着いた深雪は、昨日に比べて随分と顔色が良かった――運動よりも添い寝の方が効果的だったという可能性は、達也の意識の中で自動的に無視されていた。

 何時も通り食後のコーヒーを用意して、それを運んできた深雪を見て、達也は不謹慎かもしれないがホッと笑みを浮かべる。普段通りの――水波がいる時と変わらない表情の深雪が目の前にいるという事が、達也にって何物にも代えられない幸せという事だろう。

 

「深雪、今日の予定は?」

 

「私の予定ですか? 学校は今日も休みのようですし、特にございませんが……」

 

 

 いきなり問われて、深雪は訝し気な表情で答える。達也の真意を窺うように、彼の顔を見詰める深雪。先ほどまで慈しむような顔で自分を観ていた達也が、自分の視線を受けて少し逡巡しているように深雪には見て取れた。

 

「では、ドライブでもどうだ」

 

「ドライブですか?」

 

「家でのんびりしたいなら、それでも構わない。俺も久々にゆっくりしよう」

 

「達也様、お気遣いはありがたいと思います」

 

 

 達也が何を意図しているのかを理解して、深雪は真剣な眼差しを達也に向ける。その視線を受けて、達也はきまり悪げな表情を浮かべた。

 

「ですがどうか、達也様のお時間は水波ちゃんの救出に充ててください。光宣君が水波ちゃんの意思を無視してパラサイトを取り憑かせるとは思えませんが、先ほど達也様が仰られた可能性もありますし、一時の気の迷いが取り返しのつかない過ちに結びつかないとも限りません」

 

 

 深雪の真剣な眼差しと言葉を受けて、達也は自分の考えが甘く深雪の言葉が正しいと認める。先程自分が上げたのはあくまでも最悪の可能性だが、それが起こらないとは言い切れないのだから。

 

「そうだな。普通の過ちならともかく、人間を辞めてしまっては本当の意味で取り返しがつかない。まず、水波が隠されている場所の特定に全力を注ごう」

 

 

 達也はまだコーヒーを飲み終えていないにも拘わらず、カップを脇によけて深雪を見詰める。深雪もカップを避けて姿勢を正して、達也の眼差しを受け止める。

 

「深雪、手伝ってくれるか」

 

「私に出来る事でしたら、何なりと」

 

 

 深雪の答えに、迷いはなかった。自分が光宣を見逃した所為で水波は攫われ、達也にいらぬ苦労を強いていると思っている深雪にとって、達也の手助けができるというのは少なからず自分を責める気持ちから解放され、達也の手助けができるという幸せを感じる事なので、彼女が断るはずはないのだが、それでも深雪が快諾してくれたことに、達也は優しい笑みを浮かべて頷いたのだった。




達也の手伝いなら、何においても優先するだろうな

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