劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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考えなしで動くことは無かったんだろうな


光宣の思考

 水波と二人きりという、ある意味ずっと憧れていたシチュエーションから逃げ出すように外に出た光宣は、ぐるりと振り返ってから肩を落とす。

 

「上手くいかないなぁ……」

 

 

 玄関前の空き地で、光宣は落としていた肩を無理矢理上げ、空を見上げてからため息交じりに呟く。頭上に見えている明るい曇り空は、本物の空ではない。東亜大陸古式魔法によって、地上から反射された、可視光を含む電磁波が高さ約十メートルを境界面として散乱し、白く濁って見えているのだ。上空から見たなら、その境界面上に切れ目なく茂る森が再現されている。

 見回りというのは、言うまでもなく口実だ。偽装・隠蔽結界の点検をしなければならないのは事実だが、それは館の中にいても出来る。ここは魔法的に閉ざされた空間だが、それでも光宣は、外の空気を吸いたくなったのだ。

 

「後の事をもっとしっかり考えておくべきだった」

 

 

 零した愚痴は、自分自身に対するもの。昨日までの光宣は、水波を攫う事しか考えていなかった。達也の邪魔が入らないところで水波と話をする事しか頭になかったのだ。光宣に同情する余地はある。まず、達也を出し抜くのが困難だった。それに加えて、七草家と十文字家まで障碍に加わった。パラサイトになった時から覚悟の上とは言え、光宣を取り巻く状況は厳しく、水波を連れ出すのに彼は知恵と力を振り絞らなければならなかった。それに彼は、水波と二人きりになれば自分の思い通りになると考えていたわけではない。むしろ断られる可能性の方が高いとさえ思っていたのだ。

 

「達也さんがどんな方法で水波さんを治そうとしているのかは分からないが、僕の方法の方が水波さんにとって一番負担が少ないんだ」

 

 

 パラサイトになることが水波にとって最良の道だと、光宣は確信している。だがそれを、水波に押し付けるつもりは無い。建前でもポーズでもなく、彼は水波の意思を尊重するつもりだ。水波が「パラサイトになりたくない」と決めたなら、光宣は彼女を無傷で達也の許に返すと決めている。

 光宣の目的は、水波を手に入れる事ではない。彼は水波を突然死の恐怖から救ってやりたいだけなのだ。同時に、出来る事なら、魔法師でありながら魔法を自由に使えないもどかしさ、口惜しさを彼女に味わわせたくないだけなのである。

 

「(水波さんの事を考えれば、魔法を奪ってしまうかもしれない方法より僕の方法の方が間違いなく良いんだ)」

 

 

 何故光宣は、水波の為にそこまでするのか。自ら、人であることを捨ててまで。実を言えば彼自身も、そこまでする理由が良く分かっていなかった。そもそも人間だった当時に苦しめられていた体質的な欠陥と、水波が現在抱えている問題は性質が異なっている。光宣が頻繁に体調を崩していたのは、活性が高過ぎる想子の圧力に肉体のエイドスが破損し、それが肉体の不調にフィードバックされていたのが原因だった。それに対して今の水波が患っている症状は、魔法演算領域の安全機構が壊れている所為で、本人が耐えられる限界以上の魔法を出力してしまう恐れが強いというものだ。

 共通しているのは思い通りに魔法が使えないという点と、最終的な治療方法。パラサイトになれば、何も心配しせずに魔法が使えるという事だ。

 自らが手に入れたパラサイト化のノウハウを水波が修得すれば、彼女が自分の心を失ってしまう恐れはない――光宣はそう確信している。一人で使いこなすには難しい技術かもしれないが、パラサイトと同化する際に自分が導師役を務めて水波を誘導してやれば必ず上手くいくという自信も、光宣にはあった。

 しかし、ただ「魔法を自由に使えるようにしてあげたい」というだけでは、動機として弱すぎる。他ならぬ光宣自身がそう思っている。自分を駆り立てるものが何なのか、曖昧なまま棚上げにしてきた。それが多分、今の居心地が悪い状況を招いている。本当に水波に意思を確かめたいだけなら、水波が結論を出すのを、ただ待てるはずなのだ。真に彼女からリターンを期待していないのであれば、水波がどんな決断をするのか、やきもきする必要は無い。

 

「(なら何で僕は、達也さんや深雪さんを出し抜いてまで水波さんを攫いだしたんだ……? 水波さんが決断するのを待つだけなら、わざわざ二人の側から水波さんを遠ざける必要なんてないはずなのに)」

 

 

 水波が迷うのは、当然予想できたことだ。自我が保たれるとはいえ、人間を辞めるのだ。決断に時間がかかるのは当たり前だと言える。深雪は兎も角達也は水波の意思を尊重するだろうと光宣も分かっている。だから安心出来る人の側で考えさせるというのも一つの手だった。

 だが光宣は水波を二人の側から引き離し、大変だと分かっていた追手を振り切る事までして水波をこの場所まで連れてきた。水波が最終的に決断するまでの間、彼女にどう接するべきかを考えていなかったという事を忘れて。

 

「(どうして僕はこうも行き当たりばったりなんだろうか……)」

 

 

 達也ならもっとスムーズに事を運んでいたのではないか、自分は目の前の事しか考えておらず、先々の事を全く決めていなかったという事に、光宣は今更気付いていた。




誘拐犯の時点で水波に選ばれる可能性なんて無いと思うんだがな……

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