達也は論文コンペの準備、深雪は生徒会の仕事を終わらせて自宅に帰ると、門の前にコミューターが止めてあるのを達也が遠くから見つけた。
「来客か?」
「誰です?」
コミューターの存在にすらまだ気付いていない深雪だが、達也が確認したのなら、それは自分が確認するまでも無く存在するのだと深雪の中では決められているのだ。
「外で待ってる様子は無いし、恐らくはあの人だろう」
達也はあえて誰かを特定しなかったが、深雪にはそれで十分だった。それだけで分かってしまうほど、深雪は達也の事を理解しているし、達也が特定しない人物など深雪が知る限りあの人しかいないのだから。
掛けたはずの鍵が開いている扉を開け、達也と深雪は家へと足を踏み入れる。そんな二人をある女性が迎えるのだった。
「お帰りなさい。相変わらず仲が良いわね二人共」
「此方に帰ってこられるのは久しぶりですね、小百合さん」
達也たちを出迎えた女性は司波小百合、達也と深雪の義母だった。だが達也も深雪も小百合の事は父親の後妻としか思ってなく、深雪にいたっては母親が亡くなってすぐ父親と再婚した小百合の事を快く思って無いのだ。
「え、えぇ……向こうの方が何かと便利だから」
「分かってますよ」
深雪が快く思って無い相手に達也が好意を抱く訳も無く、だが深雪が相手をしたがらない以上自分が小百合の相手をしなくてはいけないとも思っている。
達也には父親にも、亡くなった母親にも愛情は抱いていないし、どちらも生物学上の両親としか思って無いのだが、それはこの際関係無いと妥協したとしても、小百合には好感は持てないとも思っている。
「お兄様、お夕飯の支度をしますが、何かリクエストはございますか?」
「お前が作るものなら何でも。急がないから着替えておいで」
まるで小百合が居ないものとして進められる兄妹の会話に、小百合は黙ってその成り行きを見つめていた。別段今回が初めてな訳でも無いし、下手に張り込んで深雪に暴走されでもしたら小百合では太刀打ち出来ないと自覚しているからだ。
「では何か服のリクエストはございますか? お兄様のリクエストなら深雪はどんな服だって着てみせます」
「少し調子に乗りすぎだ」
甘えるような深雪の態度に、達也は苦笑いをしながら軽く深雪の頭を小突いた。
「では失礼します」
達也に一礼をし、小百合の横をまるで小百合が存在しないかのような態度で通り過ぎて行く深雪。普段の淑女を絵に描いたような彼女の態度からは想像出来ない光景だった。
完全に深雪が部屋に戻った事を確認してから、達也は小百合をリビングへと通した。
「相変わらず貴方たち兄妹は私の事が気に入らないようね」
「深雪は、ですね。実の母親が死んでからすぐ再婚したのが気に入らないのでしょう。深雪は母親が好きでしたから」
「貴方は如何なの?」
「俺にはそんな感情には無縁ですので。貴女もご存知のはずですよね」
達也の一切感情が窺えない目で見られ、小百合は人知れない寒さに襲われた。
「貴方たちからしたら半年なのかもしれないけど、私にしたら十六年なのよ」
「そんな事は俺に言われても意味がありません。文句は四葉本家かあの人に言ってください」
小百合は司波龍郎が四葉深夜と結婚する前に龍郎と付き合っていたらしく、強い魔力を持った龍郎を四葉家が結婚相手に選んだ事で別れる事になったらしいのだ。だがそんな事は達也が言ったように意味も無ければ関係も無い話だった。
「それで、本題に入りましょう。出来れば深雪が戻ってくる前にお帰り願いたいのですがね」
「……単刀直入に言うわ。貴方にはまた会社を手伝ってもらいたいのよ。出来れば高校を中退して」
「それは無理ですね。四葉のガーディアンは対象者の傍を離れる事は出来ませんので」
「貴方が進学しなければ別のガーディアンが派遣されたはずよ。それに、我々としても貴方のような優秀なスタッフを遊ばせてる余裕は無いのよ」
「遊んでるつもりはありませんが? 先日だってUSNAから飛行デバイスの大量受注を受けたはずです。それだけで前期利益の二十パーセントになるはずですが」
達也の言う通り、彼はしっかりとFLTの利益に貢献しているのだ。それも下手をすれば小百合よりも。
FLTを世界的に有名にしたのだって、達也が考案し牛島に手伝ってもらって完成させた『ループ・キャスト』技術と『シルバー・モデル』のおかげなのだから。
「じゃあせめてこの解析だけでもやってくれないかしら」
「これは……瓊勾玉の
「知らないわ。国防軍絡みだとしか聞いてないもの」
「……まさかこれの複製など請け負ってはいませんよね」
達也の質問に気まずそうに視線を逸らした小百合。それだけで達也はこの後妻が自分に何をさせたいのか完全に理解した。
「何故そんな事を? 今のFLTの経済状況を鑑みれば、火中の栗を拾うような真似はしなくても良いでしょうに」
「そんな事言っても、賽は投げられたのよ」
「何の勝算も無くですか?」
「貴方の魔法なら解析する事は可能でしょ」
「現代魔法で解析するのが難しいから聖遺物などと言われてるんですが……」
「それにこれには魔法式を保存する効果があると言われてるのよ」
「それは科学的に証明されているのでしょうか」
つい最近自分が調べていた内容だったので、達也は若干興味を持った。もちろん小百合には分からない程度なので会話自体に影響は無かったのだが。
「それを貴方に解析してほしいのよ。そして可能なら複製もね」
「なら第三課にでも渡しておいてください。あそこならしょっちゅう顔を出しますし。それとも聖遺物をお預かりしましょうか?」
「結構よ!」
開発者としての道を断たれ、管理職になった小百合にとって達也の才能は羨むものでしか無い。だがそれと同時に妬むものでもある。だから第三課が出した成果も達也のものにされてるのではないかと邪推したりもする。
そして管理職として、第三課だけに功績を挙げられると非常に困るのだ。だからこそ達也には本社で解析をしてもらいたかったのだが、自分の感情が抑えきれなくなりついついカッとしてしまったのだった。
「ご自宅まで送りましょうか?」
「必要ないわ! コミューターで帰りますから」
「そうですか」
達也の感情をうかがい知る事が出来ない目を見ていると、まるで自分たちが人間では無いのではないかという錯覚に陥るのだ。それが自分たちが達也を道具扱いしてる自分たちの虚像だとは気付かずに、小百合と龍郎は恐怖しているのだった。
「やれやれ……何時までそこに居るつもりだ?」
「やはりお兄様にはお見通しでしたか」
小百合が居なくなるまで隠れていた深雪だったが、達也に呼ばれて姿を現した。
「あ、あの?」
急に達也に顔を近づけられ、まるでキスでもするのでは無いかと錯覚した深雪はゆっくりと瞼を閉じた。
「み、みにゃ? 何するんですか、お兄様!」
「お仕置き。それからちょっと出かけてくるから」
「どちらに?」
「危機管理のなってない人のフォローに」
「まったく、どれだけお兄様に迷惑をかければ気が済むのでしょうかあの人たちは」
「しっかりと戸締りをして、早めに寝るんだぞ」
「お兄様、やはり深雪の歳を間違えてはいませんか?」
少し拗ねた深雪の頭を軽く撫でてから、達也はバイクに跨り小百合の乗ったコミューターを追いかけていくのだった。
好きになれないけど嫌いじゃないんですよね……