劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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どっちにとっても当てはまるかと


ステイルメイト

 これまでとは比較にならない程激しい衝撃に、光宣は苦鳴を漏らし、今度は両膝を突く。

 

「グッ……!」

 

 

 水波の位置情報を偽装している『仮装行列』が軋みを上げている。光宣はそんな幻聴を覚えた。

 

「(『仮装行列』が……破られるっ!? まだ……まだだ!)」

 

 

 既に限界に近い精神と身体。元々頑丈ではない身体と、ここまで圧倒された経験が無い為、光宣の心は弱気に傾いていた。だが己を叱咤して、魔法力を振り絞り達也に対抗する。

 

「(僕が限界に近いように、達也さんだってそろそろ限界のはずなんだから)」

 

 

 何の根拠もない――もっと言えば、達也からの攻撃だという証拠もないのに、光宣はそう己を鼓舞して、何とか水波の位置情報を偽装している『仮装行列』を維持するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光宣が己の限界を感じつつある頃、達也の心の中でも変化が起っていた。

 

「(あと一息だ!)」

 

 

 達也は水波の所在を隠している魔法が破れかけているのを、確かに感じた。

 

「(いや、これまでだ)」

 

 

 その一方で、己が限界に達していると冷静に指摘する自分がいた。肉体に生じている変調は極度の精神集中と、それに伴う呼吸量減少によるものだ。緊張を解けば短時間で回復するし、このままでも命に別状はない。

 しかし、意識の領域で生じているストレスとは別に、意識の水面下では深刻な事態が発生しかけていると達也は理解していた。

 無意識領域は自覚できない。だからこその無意識だ。しかし魔法師は、無意識領域を意識して利用出来る。『魔法演算領域』と名付けられているゾーンの機能を。その魔法演算領域に、オーバーヒートの兆候がある。

 条件が充足されていない状態で、無理に『術式解散』を使い続けた反動だ。多少不十分な条件の下でも、その状態に慣れていればオーバーヒートのリスクは回避できただろう。だが今日の試みは所謂「ぶっつけ本番」だ。「視」えていない「情報」に狙いを付けて、その構造を分解する。そんな真似が容易くできる程、魔法という技能体系は甘くない。

 確かに、あと一歩で水波の現在位置を突き止められるかもしれない。だがその一歩が致命傷になるかもしれない。

 

「(ここで進むか、立ち止まるか)」

 

 

 達也の、恐らくは生死に拘わる、重大な選択。その決断を下したのは、彼自身ではなかった。

 

「達也様っ!」

 

 

 悲鳴のような叫び声と共に、半分閉じていた達也の視界が完全に塞がれる。瞼を下ろしきったわけでもなければ、意識がブラックアウトしたわけでもない。

 達也の顔を覆う柔らかな、かつ弾力に富んだ感触。深雪が彼の頭を胸に抱え込んだのだ。

 

「もう、お止めください! いくら達也様でも、これ以上は危険です!」

 

「………」

 

「確かに水波ちゃんの事は心配です。一刻も早く助け出さなければと思っております。ですが私は、達也様の事がもっと大切です!」

 

 

 自らの身体で達也の目と口を塞いでいる深雪が、その腕に一層力を込める。達也が前から覆いかぶさる深雪の腰に両手を添えて、彼女をゆっくり押し退けると、膝立ちの体勢で抱き着いていた深雪は、その手に逆らわず腰を落とした。

 

「達也様……」

 

 

 達也が半眼に閉じていた目を開くと、正面に見える深雪の両目には、涙が滲んでいた。達也は、その涙を無視する事が出来なかった。

 

「……分かった。今日はここまでにしよう」

 

 

 達也が『術式解散』を中止する。それを感じ取った深雪が笑みを浮かべる。彼女の目にたまっていた涙が、頬にこぼれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也が攻撃を中止した瞬間、光宣は自分の魔法知覚感覚が狂ったのではないかと錯覚していた。

 

「(プレッシャーが消えた……?)」

 

 

 錯覚ではなく本当に自分を圧し潰そうとしていた圧力が消失したのだと、光宣は何度も確認して確信した。

 

「(僕は、堪えきったんだ……)」

 

 

 自分の魔法を破壊しようとする達也の魔法を凌いだ――光宣はそう思った。その思考と共に、光宣の意識は闇に落ちた。『仮装行列』は解除され、光宣と水波を隠すものは、周公瑾の結界だけとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也は水波のエイドスに向けていた『精霊の眼』を解除しようとした。その一瞬、青木ヶ原樹海の座標場が、達也の眼前を過る。

 

「(ん?)」

 

 

 半径百メートルほどの、狭いエリアを示す情報。達也はそれを確認した上で「眼」を一つ、閉ざした。

 

「達也様、すぐに汗を流されますか?」

 

「そうだな……さすがにこのままというわけにはいかないだろう」

 

 

 深雪が心配そうに自分の身体を見ているのにつられるように、達也も視線を自分の身体に向ける。Tシャツは汗で色が変わっているし、自分が座っていた周辺にまで汗が滴り落ちている。風邪を引く事はないが、このままでは深雪が心配し続けてしまうという事くらい、達也にもすぐ理解出来た。

 

「すぐにご用意いたしますので、達也様はそれまでの間体力を回復しておいてください。いくら達也様とはいえ、今回は些か消耗し過ぎているようですので」

 

「そう…だな……すまないが頼む」

 

「はい」

 

 

 さっきまで泣きそうだった深雪だが、今は嬉しそうな表情をしている。達也の世話が出来るのが嬉しいのと、達也が自分の言葉で無理を止めてくれたことが嬉しいのだと、果たして深雪は自覚していたのだろうか。




来年もよろしくお願いします

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