劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。


防衛省の会見

 七月九日になっても、新ソ連の艦艇は能登半島沖に留まったままだ。まだ軍事的脅威は去っていない。だが昨日敵艦艇十二隻を、小型艦ばかりだったとはいえ撃沈した戦果は、日本国民を大いに勇気づけた。空母をはじめとする敵軍の主力艦は健在だから緊張は緩和されていないし楽観ムードには至っていないが、国内に「新ソ連恐るるに足らず」という気分が醸成されつつあるのも確かだった。

 その戦果をもたらした攻撃手段について人々が知りたがり、マスコミが公開を迫るのは当然かもしれない。フロックではないと分かれば、国民の不安はさらに縮小するだろう。政府もそう判断した。敵艦を沈めたのは戦略級魔法によるものだ、という事実は昨日時点で既に、推測の形ではあるが報道されている。政府はそれを正式に認め、また一条将輝を国家公認戦略級魔法師に認定する方針を固めた。

 午前十時、防衛省会見室。防衛大臣は集まった記者の質問に答えて、新ソ連小型艦艇部隊を一網打尽にした『海爆』の存在と、それを行使した魔法師の名を公表した。

 

「――今発表された『一条将輝』さんというのは、国立魔法大学付属第三高校の一条さんのことですか?」

 

 

 女性記者がミーハーな目付きで大臣に問いかける。客観的に見て将輝のルックスは光宣程では無いが、一般受けはいい方だろう。彼は一部で「美少年魔法師」として知られていた。

 

「一条将輝君は現在、国立魔法大学第三高校の三年生です。政府は彼を、我が国二人目の国家公認戦略級魔法師として認定しました」

 

 

 防衛大臣はこのような表現で、記者の質問を肯定した。

 

「一部の報道で『海爆』はかつて『灼熱のハロウィン』を引き起こした魔法師の新しい戦略級魔法だと言われていますが、その事については」

 

「それは違うとはっきりと断言出来ます。詳しくは発表出来ませんが『灼熱のハロウィン』を引き起こした魔法師と、一条将輝君は別人であることは確認できております」

 

「ではなぜ『灼熱のハロウィン』を引き起こした魔法師を国家公認戦略級魔法師として認定しないのでしょうか? 今回の襲撃だって、その魔法師が出撃すれば既に片が付いていると思うのですが」

 

「今日の会見はそのような事にお答えする為の物ではありませんので、その質問に対する返答は致しません。他にご質問が無ければ、これで失礼させていただきます」

 

 

 防衛大臣が腰を浮かして席を立ち去ろうとしたのを見て、カメラマンたちが一斉にシャッターを切る。脅しのような発言にも聞こえたが、今回の会見はあくまでも『一条将輝を国家公認戦略級魔法師として認定した』旨を発表する会見であり、『灼熱のハロウィンの魔法師に関する情報』を発表する会見ではない。場違いな質問をした記者に腹を立てて会見を打ち切っても仕方がないと、同業者からも質問をした記者に厳しい目を向けている人間も少なくない。

 だが少数ではあるが、大臣の返答に不満を懐いた記者も存在する。質問を投げ掛けた記者が言ったように、『灼熱のハロウィン』を引き起こした魔法師が出撃していれば、既に新ソ連艦隊は全滅していてもおかしくないからである。

 だが大勢の記者たちは『灼熱のハロウィン』を引き起こした魔法師を探す事よりも、将輝が現状何処にいるのかを探し出すことを優先している。

 

「一条将輝は今、何処にいる」

 

「石川じゃないのか? 能登半島沖で新ソ連艦隊を殲滅して、今は基地に戻ってきているはずだ」

 

「おい、確認が取れたぞ。一条将輝は今、小松基地にいるそうだ」

 

「すぐに支社の人間に連絡しろ! 小松基地に向かい、一条将輝のインタビューをしろと!」

 

「他所の記者に後れを取るな! 少しでもいい位置でインタビュー出来るように急がせろ!」

 

 

 あちこちから飛び交う怒号の中、既に将輝から興味が失せている記者も当然の如くいる。他社が将輝の事を記事にするのは分かり切っている事で、そこで勝負しても部数を出せるとは考え難い。そこで今回の会見で、大臣が高圧的な態度でマスコミが掲げる『報道の自由』を妨害したという記事を書こうとしているのだ。

 『報道の自由』と『知る権利』を妨害したと書けば、それが事実ではないとはしても読者の興味は惹くだろう。そして記者の質問を一蹴した事はボイスレコーダーに記録されており、見方を変えれば確かに大臣がマスコミたちを一蹴したと言えなくもない。

 

「(こっちの方向から攻めれば、防衛大臣だって無視しきれなくなるだろう。世間が知りたがっている事を報道するのが俺たちマスコミであり、『灼熱のハロウィン』を引き起こした魔法師の情報は、今回の新ソ連艦隊の撃退以上に興味を惹かれる内容になるだろうしな)」

 

 

 世間の代弁者と名乗っているが、結局のところは部数を出す事しか考えていないのが、大抵のマスコミ関係者だろう。この男も多分に漏れず、世間が興味を持っている事という大義名分を使って利益を上げる事しか考えていない下種の人間だ。そして他社を出し抜くことだけに躍起になった結果、今後魔法界から隔離されるのは、少し魔法界の事を知っている人間ならすぐに分かりそうなものだったので、誰もこの男を相手にしなくなるのだった。




余計な事しかしないんだから……

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