劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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想い人を信じたいけどそれが出来ないもどかしさ


従者が故の勘違い

 家事が一段落ついてぼんやりとニュースを観ていた水波は、吉祥寺が達也の名前を口にした瞬間、反射的にリモコンの電源ボタンを押した。ダイニングに置かれた小型のテレビがブラックアウトする。

 無論、達也に対する嫌悪感の故ではない。達也や深雪の名前を聞くだけで、今の水波には辛いことだった。罪悪感が再び心の中で頭をもたげる。水波はそれを、無理に打ち消そうとはしなかった。むしろ、この精神的な苦痛に甘んじるべきだと自分に言い聞かせる。

 再びテレビを点ける気にはなれず、水波は館の外へ出てみる事にした。外出は禁じられていない。仮に水波が結界を抜け出しても、光宣は彼女を責めないだろう。水波にもそれは、直感的に分かっていた。「無理強いはしない」という光宣の言葉は信じられると、水波は感じていた。

 もっとも今のところ水波には、光宣の許から逃げ出すつもりは無い。ただしそれも、光宣と一緒にいたいと思っているのではない。逃げ出しても行くところが無い――それが水波の心境だった。

 深雪の手を汚させることを防いだ、と言えば聞こえがいいかもしれないが、結果的に達也たちの手を煩わせる結果にしかなっていない。そんな自分がおめおめと「家」に帰れるはずがない。水波はそんな風に思い詰めていた。

 一つだけ不安があるとすれば、外で光宣と顔を合わせてしまう事だった。同じ屋根の下に寝泊まりしているのだから、避け続けるのは不可能だ。ただ今は何となく、光宣と顔を合わせたくなかった。いや、光宣に顔を見られたくないと言うべきか。

 光宣と一晩以上、同じ館で過ごしても、水波の意識を占める想いは達也と深雪の事ばかり。正確に表現を期すならば、達也と深雪に対して犯してしまった罪の意識ばかりだ。

 水波にとって主は深雪だが、四葉家に仕えている以上達也も主という事になる。水波自身は気が付いていない事だが、彼女の心はただ主に忠義を尽くすように造り上げられている。遺伝子操作や薬物投与によるものではない。価値観で人の心を縛るのにそんな特別な手段は不要だ。ただ閉ざされた環境を用意して、周到に準備された教育を施すだけでいい。

 生まれた時から四葉の本家で教育されてきた水波は、主となる相手に絶対的な忠誠心を懐いている自分を、異常だとは思えない。思う事が出来ない。

 そもそも水波に刷り込まれたメンタリティーは、主に指定された人間に対する裏切りなどなし得ないもの。深雪の魔法を妨げたあの行動は、達也の推理が恐らく正しい。だが水波本人は、そんな風に自分にとって都合の良い考えが出来ない。彼女は出口があるにも拘わらずそれを見ないようにして、自分を苦しめているのである。

 

「(達也さまが私を取り戻そうとしているのは、主を裏切った私を処す為でしょう……そうで無ければ、私のような裏切り者をここまで追いかけてくるはずもないでしょうし)」

 

 

 功績をたたえられ「婚約者は無理でも愛人枠なら」と真夜からも認められたばかりだったというのに、水波は自分の犯した罪に苛まれ、本質を見誤っていた。光宣と会いたくないのも、そういう自虐的な精神作用の一環だ。家族以上の人を裏切った自分を罰する事も出来ない醜い姿を曝したくない。そんな乙女心が光宣との間に壁を作っていた。

 

「(大丈夫よね……結界の点検に行くと言って外に出られてから、もう二時間近く経っているのだし……点検だけなら、屋敷の中でも出来るでしょうし)」

 

 

 光宣は自分の部屋に戻っているはずだ。そんな水波の推測というより願望は、玄関を一歩出たところで早くも打ち砕かれた。

 ただ彼女が本当に望んでいたとおり、光宣に顔を見られる事は無かった。彼は前庭に倒れていたのだ。水波は慌てて光宣の側に駆け寄り、さっきまで悩んでいたことを忘れたかの如く彼の側に膝を突いて呼び掛ける。

 

「光宣さま!?」

 

 

 名前を呼んでも反応しない。意識が無いように見える。持病が原因かとも考えたが、パラサイトと融合して身体的弱さは克服したはずなので、それは無い。水波は頭を振ってその考えを外に追いやった。

 

「(もしかして、達也さま? この近くに来ていた、光宣さまの結界を破ろうと魔法を行使して、それに対抗して光宣さまが無理をなさった?)」

 

 

 もしそうなら達也が側にいる。そう思うだけで鼓動が跳ね上がるような錯覚に陥る。

 

「(何故私はこんなにも恐れているのでしょうか……達也さまや深雪様の邪魔をした私が処されるのは、当然の事だというのに……)」

 

 

 このまま終わるにしても、主を守れたという実績は認められる。そう考えていながらも、水波は処断されるのが怖いと思っている。今ここで達也に連れ戻されてはならない。

 そんな考えが水波の頭を過り、どうしようと一瞬だけ迷いはしたが、彼女はエプロンのポケットに突っ込んでいたCADを操作して、重量低減の魔法を発動。見かけ上軽くなった光宣の身体を抱き上げ、彼の部屋に運ぶ。

 

「(っ! 今は私の事よりも光宣さまの事の方が優先です。まだ答えを伝えていないのに死なれてしまっては、光宣さまの人生を狂わせた責任をとれません)」

 

 

 答えは出ているのだがまだそれを伝えられていない。その考えで自分を納得させ、頭の芯に生じた微かな疼痛を気のせいだと誤魔化し、水波は屋敷内へと戻っていくのだった。




責任感が強いなぁ……放っておけばいいのに
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