劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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騒ぎたいだけな気もするけど


当然の騒動

 侵攻する敵海軍を退けた新戦略級魔法の共同開発者が、最近話題のトーラス・シルバーこと司波達也だった。こんな視聴率とPVを確実に稼げるネタを、マスコミが放置するはずもない。そう考えて達也は四葉ビルから外に出る事を控えていたのだが、それはそれで新たな問題が発生するだけだった。

 

『達也さんのコメントをどうしても取りたいのでしょうね。FLTの本社と府中の自宅にマスコミが群がっていますよ。それとわずかながら新居の方にも』

 

「――ご迷惑をおかけしまして、誠に申し訳ございません」

 

 

 動画電話の画面の中で笑う真夜に、達也は神妙そうな表情を作って頭を下げる。達也としては自分の関与を明らかにするつもりは無かったのに、吉祥寺の余計な告白の所為で面倒な事になったのは自分の計算ミスが故。頭を下げるのも当然だと考えていた。

 一方の真夜は、本気で面白がっているのだろう。そうで無ければこんなつまらない事で、いちいち電話を掛けてきたりはしないはずだ。

 

『本当にフットワークが軽くて感心するわ。マスコミの方々の勤勉さだけは評価せざるを得ないでしょうね。取材される方は迷惑だけど』

 

 

 この意見には達也も同感だったが、この場合は同意するのもはばかられる。FLTや旧自宅、新居のご近所に迷惑をかけているのは、達也もある意味同罪だからだ。

 

『ですが入道閣下は今回の結果にご満足なさっているようです。わざわざお褒めの言葉を頂戴しました』

 

「恐縮です」

 

 

 真夜が口にした『入道閣下』というのは四葉家の最有力スポンサー、東道青波のことだ。達也はこの老人から恒星炉プラント『ESCAPES』計画に対する支持を獲得する対価として、軍事的な抑止力になることを約束した。この契約を厳密に履行するなら、達也は矢面に立って新ソ連艦隊の侵攻に対処すべきだったのかもしれない。だが他の魔法師に戦略級魔法を提供するという間接的な関与でも、東道老人にとっては構わなかったようだ。もしかしたら、こうして達也の関与が明らかになったからかもしれない。

 

『ただ心配なのは深雪さんの事よね……今は学校が休みになっているから良いけど』

 

「――はい」

 

 

 これも真夜の言う通りなので、達也に反論の余地はない。戦前に比べればマスコミも節度を身に着けている。もしかしたら当局が怖いのかもしれないが、単なるご近所、同僚、同じ学校の生徒というだけで直接関係のない人間にマスクを突き付けて回るような真似はあまりしなくなった。一高周辺には以前のマスコミ襲撃事件の影響で警備員が増やされているし、それは最寄り駅周辺でも同じ事だ。新居で生活している人間の中には、マスコミに影響力を持っている七草弘一の娘の真由美と香澄がいるし、警察とコネクションを持っているエリカがいる為、最終的に被害は出ないと達也は考えている。

 だが深雪は達也の従妹で婚約者の一人だという事実は、少し調べればわかる事。深雪が取材攻勢に曝されるのは避けられないだろう。深雪がマスコミに煩わされるというだけで、達也にとっては許しがたい。だがそれ以上に懸念されるのは、取材を装った刺客や誘拐犯が近づいてくる可能性だ。

 深雪自身にも計り知れない価値があるが、今の情勢下では達也を無力化するために深雪の身柄を抑えようと考える者の方が多いだろう。自分の所為で深雪がリスクに曝されるなど、達也には絶対に許容できない事だった。

 一方の深雪も、自分の所為で達也にいらぬ警戒をさせるのは心苦しいと感じている。封印を解いたことにより、無意識に魔法を発動させる回数は減ってきているが、怒りが頂点に達した時にどうなるか、深雪自身にも想像出来ない。仮にマスコミを停めてしまったら、再び魔法師排斥運動が活発化し、結果として達也の計画の邪魔をしてしまうのではないかと不安になっていた。

 

『達也さん、深雪さん、一つ提案なのだけど』

 

 

 真夜が話している相手は達也だが、カメラには隣に立つ深雪も収まっている。真夜があえて深雪の名前を呼んだのは、深雪も当事者になるプランを提示しようとしているからだった。

 

『深雪さんに新しく、校内で一緒にいられる女の子の護衛をつけてはどうかしら?』

 

「護衛……ですか?」

 

 

 問い返したのは深雪だ。彼女の声音には、消極的な拒絶が込められている。水波が光宣に連れ去られたのは昨日の事だ。その翌日に、新しい護衛を決める。それではまるで、水波を用済みだと切り捨ててしまうように深雪には思われた。

 

『情勢が落ち着くまでの、一時的な措置だけど』

 

 

 真夜が付け加えたセリフは、そんな深雪の心情を見抜いて彼女を宥める言葉のようでもある。そのセリフを聞いた深雪は、ホッとした表情を浮かべたが、隣にいる達也の表情はあまり明るいものではない。

 

「ありがたい申し出だとは思いますが、そう簡単に適任者が見つかりますかね」

 

 

 達也の返答に深雪は驚き、真夜は面白がっているのを隠そうともしない表情を見せる。達也がこう切り返してくるのは想定の範囲内の事であり、もしここであっさり受け入れられてしまったら、せっかく用意した『イタズラ』が台無しになってしまうと思っているのかもしれない。




真夜さんのお茶目が発動する

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