司波兄妹の家から本社へ戻る途中、小百合は軽い自己嫌悪に陥ってしまった。理由は自分でも良く分かっている。自分から龍郎を奪った憎き恋敵の子供。だが今回は癇癪を起こしていい場面ではなかったのだ。
「あの子の魔法が無ければこの聖遺物の解析なんて出来ないでしょうし、複製なんてもっと無理よね……」
自分たちに無い能力を達也が有しているのは小百合だって分かっている。FLTの利益に達也が大きく貢献してくれてる事だって十分に理解している。だがその所為で開発第三課の発言権が強まっていくのを黙って見ている訳には行かない立場であり、またこれ以上達也に自由になられるのも困るのだ。
「何とかして本社で解析してもらわなければ……」
考え事をしていて気付かなかったのだが、ふと周りを見渡すと他のコミューターが一台も走って無い事に気が付いた。
「何事……」
この時間なら一台も走って無い事なんてありえないと思い、小百合は端末で道路状況を調べる事にした。
「事故の影響でこのルートは通行止め……仕方ないわね、位置情報を打ち直して別ルートで本社に……」
そう思った途端小百合は急激な悪寒に襲われた。
「何これ……」
自分が襲われるような事に心当たりは無く、人違いで襲われるのだろうかと考えたのだが、自分の持ち物に狙われてもしょうがないものがある事に今更気が付いた。
「聖遺物……」
「この女、まだ意識があるようだが」
「殺せ。どうせ誰も気にしないだろうからな」
小百合が聞く限りこの男たちは自分を本気で殺すのだろうと理解出来た。感情を窺い知れるだけの理性はまだ小百合に残っていたのだった。
「これが若い女だったら使い道があったんだろうがな」
「年増のババアなんて連れて帰っても仕方ねぇだろ」
「誰が年増よ……」
「まさかこのガスに対抗するとはな。それだけは褒めてやるよ」
男が拳銃を小百合に向ける。CADを持ってない状況では小百合に抵抗のしようはない。此処で自分は殺されると覚悟した瞬間、大型のバイクが男たちに襲いかかった。
「何者だ!」
「かまわん。アイツも殺せ」
銃を構えた男たちは、次の瞬間には体組織を穿たれて激痛で意識を失っていた。
「だ、誰……」
「危機管理がなって無い人ですね。自分が何を持ってるのか理解してないんですか」
「あ、貴方……達也さん」
「その聖遺物を誰かに奪われるのは癪ですしね。やはり俺がお預かり……ッ! 伏せて!」
達也が大声で小百合に指示をしたため、小百合も嫌悪感より先に危機感が襲ってきた。普段達也が大声を出す事など無いので、それほど緊迫した事態なのだろうと咄嗟に理解したのだった。
「グッ……」
「ちょっと、大丈夫なの?」
「平気ですよ。俺の体質は貴女も知っているはずだ。それよりも捕らえた男共を連れ去られました。これで背後の人間を捕らえるのが難しくなった」
「それよりも狙撃手は如何するのよ」
「それも問題無いです」
神経を集中し、達也は人とは違う眼を使う。時間を遡り自分を打ち抜いた弾丸の軌道を辿り狙撃手の居場所を探る。
「あそこか」
達也が一点に視線を固定する。狙撃手としては十分な距離はあるし、肉眼では自分の事を確認する事は出来ないと分かっているのにも関わらず、達也と目が合うと若干の不気味さとそれを上回る恐怖が全身に駆け巡った。
だが自分の場所を知られたからといって、この距離からでは何も出来ないだろうと思いもう一発ライフルを発射する。今度はその目を狙って発砲し、寸分の狂いも無く達也の眼球目掛けて弾丸は発射されたのだが、達也は寸でのところでその弾丸を避け、右手で特化型CAD『シルバー・ホーン』を突き出し引き金を引いた。
その結果を確認する事無く、達也は身体ごと小百合の方に向け状況を確認する。
「聖遺物は無事ですね?」
「一応は……でも何で貴方が私を助けたの……貴方たち兄妹は私たちを嫌ってるはず」
「さっきも言いましたが、俺にはそのような感情はありません。それで俺が助けたのは貴女では無くその聖遺物です。貴女はそのついでです」
「随分とはっきり言うじゃない……」
その憎まれ口を最後に、小百合は意識を失った。それを見て達也は一本の通信を入れた。
『大変だな特尉も。まさか街中で打ち抜かれるとはな』
「それは自分の油断ですので。それよりもヤツらを運んで行った車は」
『乗り捨てられてるのを発見した。そこから足取りを探るのは難しいだろうな』
「そうですか……街頭カメラの方は」
『そっちは既に藤林が対処済みだ。君の魔法を知られる事は無いだろう』
「人払いの結界が思わぬ形で役に立ちました」
敵が使っていた結界なのだが、結果として達也にも有益な結果をもたらしたのだった。その事をあっさりと達也が言い放ったので、風間は少し苦笑いを浮かべていた。もちろん映像の無い通信なので達也にその事は知りようは無かったのだが。
『それで襲われた女性は大丈夫なのか?』
「命に別状はありませんし、意識を失っただけですのでその内気がつくでしょう」
『ではそちらの処理も我々でやっておこう。ご苦労だったな、達也』
「いえ、少佐もわざわざスミマセンでした」
通信を切り、達也は小百合の持ち物から聖遺物を取り出しバイクに跨り家へと戻って行く。小百合の鞄には聖遺物を預かる旨を記したメモ用紙を入れておき、それ以上の事は何もしなかった。嫌悪感は抱いてないが、達也は小百合の事を良く思える訳でも無いのだ。
暫くバイクを走らせて自宅まで戻りガレージにバイクを止め家に入ると、深雪が玄関で達也を出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、お兄様」
「ただいま。まだ起きてたんだな」
「まだ日付けが変わる前ですよ。それよりもお兄様、それはいったい?」
達也の手に小さな箱がある事に、深雪は目聡く気が付いていた。達也も別に隠すものでは無いのであっさりと深雪に見せる事にした。
「今回の依頼の品だ」
「あの人たちはお兄様を何だと思ってるのでしょうか」
「まぁ今回は面白そうだったからな。この物質は魔法式を保存出来るかも知れないと言ってたからな」
「そうなのですか……それで、これはなんなのですか?」
「瓊勾玉の聖遺物だ」
達也があっさりと言うものだから、深雪は一瞬だけそれが如何いう意味かを理解出来なかった。
「……何故このようなものをあの人が?」
「国防軍絡みらしい。解析と複製を任されたようだ」
「何て無謀な……」
「だがこれで熱核融合炉の問題点も解決出来るかも知れない。論文と平行してこの作業もやっていくつもりだ」
「そうですか。お兄様、頑張ってください」
月並みの言葉しかかけられない自分を、深雪はかなり恥じた。本当なら手伝ったりしたいのだが、深雪には聖遺物に手を出せるだけの技術も知識も無いのだから。
後処理に時間がかかったと思ってください……