劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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恐ろしく自分本位……


ウォーカーの悩み

 四葉家の現当主・次期当主・姪の間では和やかな雰囲気で決着が付いたが、吉祥寺の「告白」が新たな緊張を招いたのは、新ソ連においてだけではなかった。USNAの軍事魔法師としては随一の精鋭部隊であるスターズの本部基地はニューメキシコ州ロズウェルにある。この基地にはスターズの本部とは別に基地司令部が置かれており、そこの司令官はスターズの所属でも魔法師でもない。本部の指揮系統で言えば基地司令官はスターズに対する命令権を持たないが、軍人としてのキャリアに乏しいリーナがスターズの総隊長に就任して以来、彼女を補佐する範囲を超えて基地司令のポール・ウォーカー大佐がスターズを実戦闘以外の実務面で管理している。

 特に今は、スターズナンバー・ツーで実質的な総指揮官を務めていたカノープス少佐が不在で、ウォーカーがスターズの司令官を事実上兼任している。このような事態に至った直接の原因は基地の内部でパラサイトが大量発生した事だが、ウォーカー大佐自身はパラサイト化していない。また確認出来る限り、パラサイトの増殖は止まっている。ホワイトハウスやペンタゴンに、パラサイト汚染が広がっている形跡もない。

 ウォーカーは今、デスクの前で天井を仰いでいる。少し前まではデスクに両肘を突いて頭を抱えていた。幾ら悩んでもらちが明かないので、考えるのを放棄しているところだ。

 彼は途方に暮れていた。その原因は、参謀本部から押し付けられた命令にある。彼は軍人だから、作戦が指示されればそれに従って行動し、部下を動かす。ところが先ほど受領した指令は、作戦立案までウォーカーに丸投げする者だった。

 USNA軍上層部は――政府もだが――対日融和派と対日強硬派の深刻な対立状態にある。より詳しく言えば、戦略級魔法師・司波達也をアメリカの世界戦略に利用すべきであると唱える一派と、彼をあくまでも脅威と考え抹殺すべきであると主張する一派の対立だ。ウォーカー自身もこの争いに中立ではない。ウォーカー大佐が達也を排除すべきと考えているのは、スターズの中に紛れ込んだパラサイトの影響を受けたから、という面は否定出来ないが、それよりもウォーカーはスターズの活動をすぐ側で監視し続けてきた非魔法師の軍人として、一人で一軍に匹敵する戦略級魔法師のあり方に危うさを感じていた。その上で達也を危険すぎると判断しているのだった。

 そういう意味では、ウォーカーは達也個人に悪感情を懐いていない。アメリカ軍から離反したリーナも、現時点では裏で協力関係にあるベゾブラゾフも、同じように排除すべきだと考えている。

 だから今日、参謀本部強硬派が見せた焦りは行き過ぎではないかとウォーカーは感じていた。新戦略級魔法に脅威を覚えたのであれば、その術者である一条将輝と最終的に魔法を完成させた吉祥寺真紅郎をターゲットに追加するのが筋だ。司波達也に技術者の側面があるのは以前から分かっていた。司波達也は、トーラス・シルバーでもあるのだから。

 新ソ連艦隊の侵攻を押しとどめた戦略級魔法の開発に司波達也の関与が明らかになったからと言って「一ヶ月以内に司波達也を排除する為のプランを策定し実行せよ」という指令は、いくら何でも過剰反応だとウォーカーは思う。「一ヶ月以内にプランを策定」ではなく、「一ヶ月以内にプランを実行」なのだ。もっとも、期限を切られた事にウォーカーは不満を覚えていない。

 

「……当面はイリーガルMAPの成果に期待するか」

 

 

 恒星炉プラントに対する破壊工作は残念ながら失敗に終わったが、それに続く作戦は既に手配済みだ。参謀本部の強硬派に指示されなくても、ウォーカーは司波達也を排除する為の手を着々と打っている。

 

「一ヶ月も必要無い。司波達也は、一刻も早く無力化しなければならない」

 

 

 ウォーカー大佐は、今日の指令を受ける前から、もっと短時間でケリをつけるつもりだった。そもそもウォーカーは、達也を無理にでもディオーネー計画に参加させるべきだと考えていた。そうすれば恒星炉プラントの破壊工作や、達也暗殺、加えて新戦略級魔法師の誕生などという、余計な事で頭を悩ませることは無かったと。だが達也が打ち上げたプランは、アメリカ国内でもディオーネー計画に並ぶプランだという声が上がっているのもまた事実で、それを無視して達也の参加を強制すれば、ディオーネー計画の裏に隠された目的が大勢の人間に知られてしまう恐れもあった。

 だから表向きは協力参加を申し出続ける裏で、達也の計画を妨害し、断る理由を失くそうと画策しているのだが、その作戦は悉く失敗に終わり、むしろ日本に新たな戦略級魔法師を誕生させるという、更に頭の痛い状況に発展している。

 

「唯一の救いは、共同開発者の名前を馬鹿正直に発表してくれたお陰で、司波達也の危険性を更に証明するのに使えたということか」

 

 

 達也の技術力は親日融和派も強硬派も知っていたが、戦略級魔法の根幹を創り上げ、簡単に他人に手渡せるレベルだとまでは考えていなかった。吉祥寺の告白は結果的に、日本における最大戦力を危険に曝す結果に繋がっていたのだった。




吉祥寺も考えなしだと世界に知られることに……

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