劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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それが分かるだけでも十分に凄いんですが……


結界の考察

 深雪に「今日はここまでにしよう」と約束した達也だが、中止したのは情報次元を経由した間接的な捜索だ。彼は、水波の捜索自体を止めるつもりは無かった。

 

「深雪、少し出掛けてくる」

 

「どちらへお出かけでしょう?」

 

「……青木ヶ原樹海だ」

 

 

 一瞬答えるのに間を要したが、達也は誤魔化す事はせずに深雪に行き先を告げる。達也が告げた場所がどういう意味を持っているのかを瞬時に理解した深雪は、縋りつくような視線を達也に向ける。

 

「達也様、水波ちゃんの身柄を取り戻そうとするのはいい事ですが、達也様自身が無茶をして良い理由にはならないと思うのですが? 明日にはリーナがこちらへ戻ってきますし、何かと気苦労が増えること間違いないでしょうから、休める時に休んでおくべきだと思います」

 

 

 何気にひどい事を言っている深雪だが、達也は彼女の発言を否定する事はしない。むしろ達也もリーナがこちらに戻ってきたら、USNAとは別の理由で面倒な事になりそうだと考えている。

 

「光宣が疲弊している今、水波の現在地を知るいい機会なんだ。無理はしない」

 

「そう言って達也様は何時も無理をするではありませんか……これ以上、深雪に心配させないでください」

 

 

 言葉こそ否定的な感じだが、深雪の表情は明るい。これ以上達也に制止を求めても聞いてくれないと理解しているので、無理をさせない方向へ思考を変えたのだ。

 

「心配するな。それ程遅くなるつもりは無い」

 

「約束ですよ? もしお戻りが遅くなられた場合、一つ深雪の言う事を聞いていただきますから」

 

「何を要求されるのか怖いな」

 

 

 達也の方も笑みを浮かべながらやり取りを終わらせ、地下駐車場へと向かう為エレベーターに乗り込んだ。

 達也を見送った深雪は、達也は必ず約束を守ってくれると信じ、彼が帰ってきた時にもてなせるようにキッチンへ向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深雪の制止を掻い潜った達也は、富士山の西方山麓、青木ヶ原樹海を縦断する道路に来ていた。昨日、十文字家の追跡部隊が光宣を見失った地点だ。

 達也は今日も飛行装甲服『フリードスーツ』を着込んでいるが、これで飛んできたのではない。このスーツとセットになっている特殊な二輪車『ウィングレス』で地上を走ってきた。過度に目立つのを避ける為だ。ただでさえ調布碧葉病院から巳焼島、また巳焼島から調布碧葉病院へと法定外の速度で移動して目をつけられているのだ。これ以上役人を刺激するは得策ではない。

 情報次元を戦場とした攻防の、最後の瞬間。水波の位置情報を偽装していた『仮装行列』が消失した。達也の攻撃が成功したのではなく、光宣が自ら解除したのか、あるいは何らかの理由で魔法を維持できなくなったのか。どちらにせよ、水波の所在は半径百メートル程度の狭い範囲に絞られた。

 

「(残る障碍は鬼門遁甲か)」

 

 

 だがまだ、楽観は出来ない。達也はまだ、情報次元からマーカーを撃ち込むという方法でしか鬼門遁甲を破れない。そして半径百メートルであろうと半径一メートルであろうと、座標が特定出来ない限り情報次元経由で想子弾を命中させることは出来ない。

 

「(該当エリアを虱潰しに探すしかないが……)」

 

 

 この地に構築された鬼門遁甲の結界は、高度な呪物で強化された方位感覚を狂わせる魔法の迷路。それに偵察衛星でも見分けられない幻影を被せている。

 

「(半永続的な幻術か。厄介だな)」

 

 

 おそらく、聖遺物クラスの呪物によって維持されているのだろう。恒星炉に組み込んだ魔法式保存システムの上位版と言える。いったいどのような仕組みで機能しているのか、正直、興味深いが……

 

「(どうせ、ろくな代物ではあるまい)」

 

 

 この隠れ家を築いたのは、ほぼ間違いなく周公瑾だ。『ジェネレーター』や『ソーサリー・ブースター』と同系統の技術が使われている可能性が高い。人間を材料とするこれらの技術は倫理的に利用できないし、達也の個人的な感情から言っても利用したくない。知的好奇心と好悪の念は次元を異にするものだ。

 

「(周公瑾の亡霊を取り込み、パラサイトを寄生させた所為で冷静な思考が働かないのか。以前の光宣ならそんなものを使う事はしなかっただろう)」

 

 

 達也はそれ程光宣の為人を知っているわけではないが、奈良で行動を共にした時に感じた光宣なら、結果だけではなく手段もしっかりと考えて行動したはず、そう思える。達也は万が一光宣と対峙した時に、自分の考えだけで光宣を『消して』いいのか、まだ答えを出せていない。

 とはいえ、水波と光宣を隠している結界の効果は確かで強力。可視光以外の電磁波や音波を使った観測でも暴き出す事は出来ないだろう。結局、結界の痕跡を感知できる距離まで近づくしかない。

 

「(疲弊しているとはいえ、光宣の領域に踏み込めば相手に知られてしまうだろう。だが、このチャンスを逃すと二度と水波を取り返せなくなるかもしれないからな)」

 

 

 深雪と約束した手前、無理をするつもりは無い達也だが、何もせずに帰るつもりは更々ない。達也は幻影の木々が立ち並ぶ壁にバイクで突っ込んでいくのだった。




深雪のお願い、ちょっと怖いな……

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