劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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どちらも内心不安だらけ


目下の不安

 結界が侵入者接近の警報を告げる。思念波で伝達されたアラートが、光宣の意識を覚醒させた。

 

「光宣さま!? お目覚めですか!? 私が誰だか、お分かりですか!?」

 

「水波さん? いったい何を……」

 

「ああっ、良かった!」

 

 

 目に涙を滲ませて笑み、水波はベッドサイドに置いた椅子から立ち上がった。

 

「気分がすっきりするお茶をお持ちします。少しお待ちください」

 

「水波さん?」

 

 

 光宣が「意識ならクリアだ」と言って水波を呼び止めようとするが、その前に水波は一礼して寝室を出て行った。そこで光宣は、記憶の不連続性に気付く。

 

「(……寝室? 僕は前庭にいたはず……達也さんから正体不明の魔法で攻撃を受けて、『仮装行列』を破られそうになって、辛うじて達也さんの攻撃を凌ぎ切って……そうか、僕は気を失ってしまったんだ)」

 

 

 そこまで認識して、光宣は慌てて時計を探した。全体的にアンティークなこの館には、見た目が古い掛け時計が各部屋と廊下のあちこちに設置されていた。これにも呪術的な意味があるのだが、針は正しい時間を指し示している。

 現在の時刻は、午後一時五十八分。意識を失った正確な時間は分からないが、少なくとも三時間以上が経過している。

 

「結界は!?」

 

 

 光宣はベッドから飛び降り、立ち眩みを覚えて頭を片手で抑えた。ふらつく身体を支えようとして、一本脚のサイドテーブルを倒してしまう。幸いテーブルの上には何も載っていなかったが、フローリングの床に転がって結構派手な音が鳴った。

 

「光宣さま、如何なされました!? 大丈夫ですか!?」

 

 

 その音が、ドアの向こうにも聞こえたのだろう。扉越しに、水波の焦った声が届く。それだけの事なのに、光宣は何処か喜びを感じた。

 

「大丈夫! テーブルを倒しただけだから!」

 

 

 自分の事を気に掛けてくれていると分かったのは嬉しいが、余計な心配を掛けないように慌てて答えを返したが、逆効果。水波の焦りを助長するだけだった。

 

「失礼します!」

 

 

 扉が開き、狼狽した顔の水波が姿を見せる。それでも騒々しい音を立てず、まだ片手に持ったトレーに載るカップの中身は、一滴も零していない。プロのメイドを自認するだけの事はあると言えよう。

 光宣が体勢を崩しているのを見ても、水波は最後の一線で冷静だった。ライティングデスクの上にトレーを置いてから、光宣の側に駆け寄る。

 

「本当に大丈夫ですか? まだご気分が優れないのでは……?」

 

「大丈夫。少し待って……」

 

 

 光宣は自分を抱き起そうとする水波を片手で制し、無理をせずベッドに座る。その上で彼は目を閉じて、館を守る結界に意識を集中した。隠蔽結界のすぐ外を、何人もの魔法師が行き来している。青木ヶ原樹海が軍の捜索を受けていると、光宣はこの時、初めて気が付いた。

 もっともそれで焦りを覚えたりはしない。昨日、隠蔽結界内部に逃げ込む直前まで十文字家の車両に追跡されていたのだから、樹海が捜索対象になるのは想定内。大規模な捜索を受けても見つからない自信があるから、ここを隠れ家に選んだのである。それより、彼が気に掛けているのは――

 

「(……よし。『鬼門遁甲』は、まだ有効に機能している)」

 

 

 この館を隠している『鬼門遁甲』の魔法が破られていないかどうか。もっと詳しく言うなら、ここへ捜索に訪れている達也の手によって隠蔽結果が無効化されていなかどうかだ。

 達也がここを探しに来ている事を、光宣は疑っていない。情報次元の攻防は、ひとまず自分が勝利を収めたと光宣は思っている。同時に、それで達也が引き下がるはずはないと、彼は確信している。

 光宣は達也に「眼」を向けたい衝動を、目が覚めてからずっと抑えていた。自分が「視線」を向ければ、それを逆にたどられて達也にこの館の場所が知られてしまう――そのリスクを避ける為だ。その代わり、十六層から成る隠蔽術式の一層が破られるたびに、自分の許へ警報が届くように光宣は結界を設定していた。

 結界を突破してくる魔法師は、達也しかいない。光宣はそう思い込んでいる。客観的に見れば彼は視野狭窄を起こしているのだが、とにかく光宣は、結界が破られればそれは達也が近づいている証拠だと考えていた。今はまだ最外層の術式が突破されただけで、しかもこの層は短時間で自動的に修復される。

 

「(まだ、大丈夫だ)」

 

 

 光宣は漸く、水波に顔を向ける余裕を取り戻した。

 

「光宣さま、いったい何があったのですか?」

 

「分からない……ただ、達也さんの攻撃があったとしか……」

 

「達也さまの攻撃、ですか……?」

 

 

 水波が知る限り、達也に光宣の隠蔽結界を破る手段はない。そもそも結界を認識出来ないから、達也の魔法では術式を無効化するのは難しいはずだと考えていたのだ。それなのに光宣の口からは『達也からの攻撃』という言葉が発せられ、水波はますます恐怖を覚えた。

 

「(達也さまが私を取り返そうとしているのは、私を罰する為? それとも、深雪様が私を詰問する為に達也さまが探している?)」

 

 

 水波の思考の中に、自分を助けに来たという選択肢は存在していない。それだけの事をしてしまったのだという自責の念が、彼女自身を追い詰めていたのだった。




水波は後ろ向きすぎる……

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