劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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抜刀隊が来る意味あるのか?


捜索の結果

 光宣が余裕を取り戻している一方で、達也は閉塞感を募らせていた。この地に張り巡らされていた隠蔽の魔法陣地は、彼の予測を大きく上回る代物だった。

 

「深雪に約束した手前、これ以上の負荷はかけられない」

 

 

 達也は水波が囚われている隠れ家の間近まで接近すれば、魔法による事象改変の兆候が何らかの形で感知できると考えていた。しかし実際には、彼が探知した半径百メートルの領域を縦断しても幻術の存在を何度か感知できただけで、それを解除しても更なる手掛かりは得られなかった。

 達也の体調が万全だったなら、他の手掛かりを入手する足掛かりくらいは得られたのかもしれないが、今の彼はまだ万全ではない上に、深雪との約束という制限が掛けられている。体調面から考えれば、攻め込まなければならない達也の方が圧倒的に不利だと言える。

 

「水波の存在は確かに側にあるはずなんだがな……」

 

 

 達也は目的の場所を側に感じながら近づけないという気持ちを噛みしめ、もう一度結界を感知した場所を縦断する。準備不足であるのは否めない。だがそれ以前に、東亜大陸流古式魔法を自分が過小評価していたと、認めぬわけにはいかなかった。

 古式魔法も根本原理は現代魔法と同じ。そこに、疑いの余地はない。しかし大本は同じでも、現代魔法と古式魔法は異なる技術体系だ。また同じ古式魔法に分類されていても、国内の古式魔法と東亜大陸の古式魔法ではノウハウが違う。時間をかけて理解を深めるなら兎も角、何の準備もせずにその場で体系を異する術式を解除できると考えたのは、どう見ても自信過剰というもの。達也は自嘲の苦笑いを浮かべながらそう思った。

 

「(周公瑾や顧傑の魔法を、もっと真剣に研究しておくべきだったか……)」

 

 

 そんな時間は、達也には無かった。彼は自分の自由になる時間、ESCAPES計画に知的リソースの全てを注いでいた。自分にそんな余裕はなかったと、達也にも分かっているはずだ。それでも彼は、後悔を覚えずにいられなかった。

 

「嘆くのは後でも出来る。今は少しでも新しい手掛かりを見つける事だけに集中しなければ」

 

 

 望みが薄い事は達也にも分かっている。それでも彼は諦める事はせず、何度も結界を突破しようと試み続ける。しかし結局達也は、半径百メートルの狭い土地の中に、水波が囚われている隠れ家を見つける事は出来ずに終わった。

 

「ここまでだな……これ以上は深雪に心配をかけてしまう」

 

 

 自分の体調と相談しながらの捜索なので、達也は捜索を早めに切り上げる事にした。最後にもう一度だけ森へ向け『術式解散』を放つが手応えは返ってこなかった。達也は自分の無力さを噛みしめながら、傍に停めてある『ウイングレス』に跨り、青木ヶ原樹海を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也が半径百メートルの範囲を捜索しているのと時を同じくして、遊撃歩兵部隊『抜刀隊』は広範囲に及ぶ光宣捜索作戦を実行していた。その中には当然、修次と摩利も含まれている。

 

「本当にこの中に潜んでいるのだろうか」

 

「十文字家からの情報では、この樹海内で見失ったという事だから、この辺りに隠れ家があるのかもしれない」

 

 

 抜刀隊の中には、結界を見破れる『眼』を持つ魔法師はいない。さらに言えば、達也が半径百メートル以内としている捜索範囲と比べれば、闇雲に探し回っている抜刀隊では、結界に近づくことすら出来ない。捜索開始からしばらくして、抜刀隊の隊員たちの中に『この辺りに九島光宣は潜んでいないのではないか』という疑念が生まれ始めている。

 

「シュウ、何か見つかったか?」

 

「いや、僕の方は何も……摩利は?」

 

「残念ながら、あたしも何も見つけられない」

 

 

 午前九時半から捜索を開始して、現時刻は午後二時。いくら広範囲の捜索とはいえ、これだけ探して手掛かりの一つも見つからないのだから、隊員の心が折れ始めていても誰も責められない。

 

「先ほど十文字家の魔法師を見かけたが、あちらも特に何も見つけられていないようだ」

 

「そうか……あちらでも進展が無いという事は、やはりここにはもういないんじゃないか?」

 

「どうだろうね……九島光宣はパラサイト化しているという事を考えると、僕らでは知覚できない何かを展開していたとしても不思議ではない。それこそ、専門家でも見つけにくい結界とか、そういう人知を超えた何かがあったとしても」

 

「そう…だな……だがそれで諦めてしまうわけにはいかないだろ?」

 

「もちろん。僕たちはその為にここに来たんだから」

 

 

 手掛かりがないならないなりに、ここにはいないという確信が欲しい。何時しか抜刀隊の思考は『光宣の捜索』から『青木ヶ原樹海に九島光宣はいないという確認』に方向転換されていた。

 

「ここまで……だな」

 

「そうだね。これ以上は徒に時間を浪費するだけだろうしね」

 

 

 午後五時。小隊長から捜索終了の合図が出され、修次と摩利は捜索の手を止め集合場所へと移動し始める。この捜索を以て抜刀隊は『青木ヶ原樹海に九島光宣は潜伏していない』と結論付けた。

 

「もしいるとしたなら、相当な隠蔽結界なんだろうな」

 

「そうなら、僕たちには手に負えないよ……古式魔法のエキスパートでもない限り、その結界を認知する事すら敵わないだろうしね」

 

 

 何処か口惜しげな摩利を慰めるような口調の修次だが、彼の表情も何処か口惜しげだった。




戦闘なら兎も角捜索で役に立たないだろ……

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