劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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入管がザルなんだろうか……


密入国者共

 日本海を南下していたUSNA空母『インディペンデンス』は、七月十日午前六時、山形沖で足を止めた。能登半島沖に陣取る新ソ連艦隊を、側面から牽制する位置だ。飛行甲板上には艦載機が何時でも発艦可能な状態でスタンバイしている。

 午前七時。新ソ連侵攻艦艇の内、最後列にいた空母とその護衛艦が撤退を開始する。午前九時。政府は記者会見を開き、新ソ連艦艇の全面撤退を発表した。

 

 

 

 警戒態勢は続いている。新ソ連艦隊が押し寄せてきたのは大亜連合からの亡命者引き渡し要求を日本政府が拒絶したからで、その状況に変化はない。しかし戦争状態は中断された。緊張と警戒が多少緩むのは仕方がない事で、かつ社会活動の正常化には必要な事だった。

 午前九時半、政府は空路と海路の正常化を宣言。一時的に厳正化していた入国審査を本来の基準に戻す。一時間後には近隣アジア諸国からの航空機が飛来し、日本海側の港にも漁船や貨物船の出入りが見られるようになった。

 国防軍の情報部も警察の公安部門も、警戒を怠っていたわけではない。だがひたすら強く締め付ければ良い戦時体制から、経済活動を阻害しないギリギリのラインを見極めなければならない準戦時体制に移行する時間帯に、警戒する側も多少の混乱は避けられない。彼らはまさに、そのタイミングを狙ってきた。

 午前十時、松江港に呂剛虎が率いる少人数の大亜連合工作部隊が密入国。午前十一時、羽田空港に台北空港(台湾桃園国際空港)発の旅客機が着陸。入国ゲートを通過した乗客の中には、USNA非合法戦闘魔法師部隊『イリーガルMAP』所属『ホースヘッド』分隊の十人が混じっていた。空母『インディペンデンス』の参戦を工作員潜入ミッションの一環と考えていた国防軍の幹部及び防諜担当者は、第一○一旅団の佐伯少将を含めて、完全に裏をかかれた格好となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間はやや遡る。空路が正常化した直後、羽田空港から伊豆諸島に向けて小型旅客機が飛び立った。より詳しく言えば、目的地は巳焼島。乗客は防衛省の職員で、目的は一昨日の国籍不明艦艇による侵攻の被害調査と再侵攻に備えた対策の実施だ。

 派遣された職員の名は新発田勝成。四葉分家・新発田家の次期当主であり、分家中最強の戦闘力を誇る魔法師である。

 

「勝成様。ようこそ、お出でくださいました」

 

「作間。出迎え、ご苦労」

 

 

 勝成を小型機専用の空港で出迎えたのは、新発田家に長く仕えている使用人だった。彼の家には本家のような「執事」はいないが、この『作間』という初老の男性は本家の葉山執事と同じような役割を新発田家で担っていた。

 勝成の表向きの身分は防衛省勤務の職員であり、巳焼島にはしばらく滞在するのも公務員としての出張だ。本来、この様に私的な歓待を受けるのは好ましくないはずだが、この場にそれを責める者はいない。非難を押し隠している者もいない。それもそのはず。空港で彼を出迎えているのは、新発田家の関係者ばかりだった。

 巳焼島は実質的に四葉家が所有する島だ。表向きの所有者は東京に本社を置く不動産会社になっているが、その会社は四葉家の完全支配下にある。

 一昨日までこの島は、同じ四葉分家の中でも真柴家が管理していた。だがスターズの侵攻で真柴家が少なくない怪我人を出したことで、新発田家が管理を替わる事になったのだ。元々真柴家は精神干渉系魔法による監視を得意とする家であり、新発田家は実戦闘――殺し合い、壊しあいを得意とする分家だ。真柴家から新発田家への交替は、この島の役目が犯罪魔法師の監獄から四葉家の秘密研究拠点に変わった時点で計画されていた物だった。

 彼らは元ガーディアンで、現婚約者の堤琴鳴と、その弟で現在も勝成のガーディアンを務める堤奏太を従えて、島の管理施設へ向かう車へ乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勝成の到着が告げられた時、リーナとミアはリーナの部屋で荷造りを終えていた。ミアの分はミア一人で済ませていたのだが、リーナはこう言った事を要領よくすることが出来ず、ギリギリまで一人で頑張っていたのを見かねたミアが手伝い、漸く終わったのがつい先ほど。勝成を乗せた小型旅客機が空港に着陸するほんの三分前。

 

「何時でも出られますよ」

 

 

 リーナが余所行きの声で告げた相手は、今や達也の側近に収まりつつある花菱兵庫だ。今日は彼女たちを東京へ連れて行く役目を与えられている。

 

「では、参りましょう」

 

 

 兵庫はリーナのスーツケースを手に取り、部屋の扉を抑えて彼女を促した。ちなみに、ミアのスーツケースは既に運び終えているので、ミアの部屋に立ち寄る必要は無い。

 

「………」

 

「リーナ?」

 

「なんでもないわ。それじゃあ、行きましょうか」

 

 

 リーナは玄関で一ヶ月足らずの仮住まいを振り返り、口の中で小さく何事か呟いて、その部屋を後にする。ミアはリーナが何を考えているのか気になったが、東京へ向かう最中、その事を尋ねる事はしなかった。リーナが一ヶ月足らずしか住んでいない住まいに愛着がわいていたなど思いもしなかったのか、それともリーナの心の裡を見透かしていたのかは分からないが、移動中は終始無言だったが、二人にとってその空間はそう居心地の悪いものではなかった。




いくら一気にやってきたとはいえ……

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