劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

195 / 2283
若干甘いです


兄妹の時間

 達也が地下研究室で聖遺物の解析をしていると、内線が鳴った。この家の住人は達也と深雪しかいないので、達也も特に気にする事無く内線に出る。

 

「如何かしたのか?」

 

『お兄様、遅くなりましたが夕ご飯の支度が出来ました』

 

「そうだったな」

 

 

 自分が夕飯を食べて無い事を思い出し、達也は解析作業を一時中断してリビングへと上がっていく。そんな達也を出迎えたのは、少しイタズラっぽい笑みを浮かべた深雪だった。

 

「そのエプロン」

 

「気が付いてもらえました?」

 

「この間美月と出かけた時に買ったやつかい?」

 

 

 深雪がつけているのは真新しいエプロン。達也はそういえばこの前美月たちと出かけていたなと思いそう問いかけた。

 

「さすがはお兄様ですね。良くお分かりです」

 

「似合ってるよ。他の誰にも見せたく無いくらいに」

 

「お兄様ったら」

 

 

 達也は照れるという感情を持ち合わせていない為に、割かし恥ずかしい事も平気で言ってのけるのだが、言われた深雪の方はそうはいかない。些か兄に対して抱くべきではない感情を抱いてる深雪としては、そんな事を言われたら自分では制御出来ないくらい興奮してしまい、そして顔は真っ赤になってしまう。

 

「とりあえずご飯に致しましょう。準備は出来ておりますので」

 

「そうだな」

 

 

 夕飯と言うよりは夜食に近い時間だが、達也も深雪もこの後すぐに寝るわけでも無いので特に気にせずに食事を済ませた。深雪は達也が美味しそうに自分が作ったものを食べている姿に見蕩れてろくに食べなかったのだが、彼女は基本的に食べなくても何とかなるので達也もその事を指摘したりはしなかった。

 

「それじゃあ俺はまた地下に行くが、深雪は如何する?」

 

「課題があるので、それを済ませてから寝ようと思ってます」

 

「そうか、頑張るんだよ」

 

 

 深雪の髪を優しく撫で、達也は地下研究室へと向かっていく。そんな達也の後ろ姿を恭しく見送ってから、深雪は跳ねるように全身で喜びを表現した。

 

「お兄様が褒めてくださった。頑張れって励ましてくださった!」

 

 

 誰かが見ていたら絶対にしないだろう行動だが、深雪しかこの空間にいない為に被っていたネコの皮を全て脱ぎ捨てて興奮を表現していたのだ。

 

「さて、片付けをしたら課題をしなくては。お兄様に励ましてもらったんだから頑張らなきゃいけないものね」

 

 

 喜びを表現したのは僅かな時間だけ。その後は普段通りに振舞う為に気合を入れなおす。常日頃から気をつけていなければ達也に褒められただけで舞い踊ってしまうので、このように喜ぶのも短時間で済ませるのが深雪の中のルールとして決められているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日付けも変わり既に二時間が経とうとした頃、深雪は自室の机の前でため息を吐いていた。理由は課題の一つが如何しても分からなかったからだ。

 

「こんな時お兄様の頭脳が羨ましく思うわ」

 

 

 中学に入った頃は苦手意識を持っていた相手だが、とある事件をきっかけに深雪は達也に依存していると言い切れるくらいベッタリになったのだ。それまでの二人の関係を知っていた中学の同級生たちは、夏休み明けに変わりきった二人の関係を見てビックリしたくらいにだ。

 

「お兄様に教えていただく……いえ、まだ解析に勤しんでるでしょうし邪魔はしたく無いわ」

 

 

 小百合が訪ねて来た理由には、深雪も検討がついている。達也のような研究者としても立派な功績を残せるであろう人材を本社に呼び戻しに来たのだろうと理解している。本来なら達也は高校に通う必要は無かったのだが、第一高校に進学したのは深雪自身が第一高校に進学したからだ。四葉のガーディアンは護衛対象の傍から離れられない。だから達也も第一高校に進学したのだ。

 

「お兄様に勉強を教えてもらったから、私も成績上位で入学出来ましたし」

 

 

 達也に見てもらわなくても、深雪の成績は元々上位だ。だが深雪の中では達也に教わったから自分の成績は上位なんだと決め付けているのだった。

 

「私だけがお兄様を自由に出来る……でもお兄様を自由にしてしまったら今度は深雪が置いていかれるかもしれない……」 

 

 

 手のかかる妹だとは思われたく無いと考えると同時に、自分は必要無いと思われない程度に深雪は達也に面倒を見てもらってるのだ。

 

「お兄様の周りには、随分とライバルが増えましたし……」

 

 

 そうつぶやいた後すぐ、深雪は大慌てで周りを見渡し頭を振る。

 

「ライバルだなんて……私はお兄様の恋人にはなれないのに……」

 

 

 血の繋がりを邪魔だと思った事は一度も無い。だけど如何しても達也と結ばれるにはそれが邪魔になる時があるのだ。今は最も近くに居られても、将来的にはそれは誰かに取られてしまうポジションなのだ。

 

「ほのかや雫はお兄様に甘えられてるし、七草先輩や市原先輩もお兄様とは良好な関係のようですし……」

 

 

 その他にも達也と仲の良い女子は沢山居ると深雪は理解している。純粋に友達として付き合ってるのは美月だけだと思っている。

 

「エリカやエイミィだってお兄様を意識してるようですし……小野先生や安宿先生もお兄様とのスキンシップが多いような気がします」

 

 

 これに加えて紗耶香や小春、三高の愛梨や栞などといった相手も達也を意識していると深雪は知っているのだ。達也以上に達也に向けられている好意に敏感な深雪は、日々苛立ちを募らせているのだ。

 

「如何して私はお兄様の妹なのかしら……」

 

 

 口に出してから深雪は先ほど以上に慌てて頭を振った。それは思ってもしょうがない事であり、口に出しても意味が無い事だったからだ。

 

「何考えてるんでしょうか、私は! お兄様の妹というのは深雪だけの特権なのに……」

 

 

 彼女にはなれないけども妹という立場は絶対に取られる事は無いのだ。妹のように接している雫だって、結局は妹にはなれないのだから。

 

「そんな事よりも課題を終わらせなくては……」

 

 

 如何しても分からなく、達也に聞きに行きたかった深雪だが邪魔は出来ない。その後三十分考えた後に出した結論は、明日達也に聞けば良いんだというものだった。

 

「そうと決まればもう寝ましょう。明日もお兄様は早いのですから」

 

 

 明日も達也は朝早くから八雲の寺で修行をするのだ。こんな時間まで起きているのにも関わらず、達也は毎日欠かさず八雲の寺に赴いているのだ。

 

「体調を崩さないのかしら……でも、お兄様なら大丈夫でしょうね」

 

 

 心配をしてもすぐに達也なら大丈夫と思えるのは、深雪が達也本来の魔法を知っているからだ。自分よりも優れた魔法師だと達也を位置づけているからこその信頼。自分もその魔法に救われたからこその信頼だ。

 

「お休みなさいませ、お兄様」

 

 

 達也が居るであろう地下に視線を向け挨拶をして、深雪はノロノロと着ていたものを脱ぎベッドへと潜り込むのであった。




千秋に如何やって流れを持っていくか……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。