劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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これでニートから変身できる……?


リーナへの依頼

 リーナが調布の四葉家東京本部に着いたのは正午前のことだった。リーナとミアは荷物を兵庫に任せ、真っ先に深雪の部屋を訪れた。

 

「それで、私たちは何故東京に呼ばれたの?」

 

 

 そして今、彼女たちは達也たちと同じ食卓を囲んでいる。リーナたちが中に通された時には既に、彼女たちの分の食事も用意されていた。

 

「リーナには、深雪の護衛を頼みたい」

 

 

 達也の回答は端的なものだったが、リーナでなくてもこれだけでは納得出来ないと思われる。

 

「……事情を教えて」

 

 

 当然、リーナは説明を求めた。無論、達也はその労を厭わなかった。

 新戦略級魔法の取材に押しかけるマスコミに紛れて、反魔法主義者の刺客や深雪の誘拐を企む外国工作員、反政府テロリストの襲撃が懸念されること。それを撃退するのではなく回避する為、リーナの『仮装行列』を必要としている事。全てでは無いが、リーナが不足を感じない程度には、達也は彼女に護衛を依頼する理由を正直に語った。

 

「……分かった。でも、良いの? 私が人前に出るのは、達也にとってもまずいことになるんじゃない? いくら日本に帰化して『九島リーナ』になっているとはいえ、USNA軍の連中は私の事を『アンジェリーナ・クドウ・シールズ』として認識しているんだから」

 

 

 より正確には、USNA軍の人間は彼女の事を『USNAの国家公認戦略級魔法師アンジー・シリウス』として認識しており、現在アメリカ軍を脱走中という事になっている。脱走では無いが、USNA政府は日本政府に対し『アンジー・シリウス少佐』の引き渡し要求を突き付けている。リーナを匿っている事が明らかになれば――現在は「公然の秘密」の状態だ――達也は自国の政府とアメリカ政府の両方を敵に回すことになりかねない。

 それは達也にとっても、楽観視出来る予想図ではないはずだとリーナは感じたが、達也の返答に迷いはなかった。

 

「構わない。君たちを四葉家が匿っている事は、軍にも政府にも知られている。だがアメリカが身柄引き渡しを要求しているのは『アンジー・シリウス少佐』だ。リーナが『自分がアンジー・シリウスだ』と名乗り出たりしない限り、アメリカ政府も日本政府も表向きは手が出せない」

 

「そんなこと、しないわよ……でも、裏側では?」

 

「裏工作なら、恐れるに足りない」

 

 

 達也が躊躇なく断言すると、それを聞いたリーナの頬が小さく引きつる。その隣では、ミアも似たような表情を浮かべている。

 

「そ、そう……? 達也が良いなら私も構わないけど」

 

「感謝する」

 

「リーナも政府を恐れないのね。頼もしいわ」

 

 

 それまで達也とリーナの会話に無言で耳を傾けていた深雪が、不意にリーナへ笑顔を向ける。少々唐突な発言だったが、リーナは深雪に意味を聞き返したりはしなかった。

 

「私は巳焼島で姿を見られているしね。あのまま隠れていても、新しい刺客が送り付けられてくるだけだと思うわ。それなら大都会の真ん中の方が、仕掛けてくる方も派手な真似は出来ないでしょ」

 

 

 所在が明らかになれば日米の当局にねらわれる。改めて言われるまでもない事だが、ただその口調は少し自棄気味だった。

 深雪への説明を終え、リーナは達也へ顔を向けて話を本題に戻す。

 

「それで、具体的には? 深雪が出かけるたびに『仮装行列』で変身させれば良いの?」

 

「そうだ。リーナには、一高に再編入してもらいたい」

 

「えっ? 私に女子高生をやれって言うの!?」

 

「……何をそんなに驚いているの?」

 

 

 リーナの反応を見て、深雪が思わず問いかけを挿む。確かに達也の言葉は不意打ち気味だったが、それにしてもリーナは驚き過ぎのように深雪には思われた。

 

「だって、今更ハイスクールに通うだなんて……」

 

「?」

 

 

 リーナが何を躊躇しているのか理解出来ない深雪は、大きく首を傾げた。

 

「リーナは私と同い年でしょう? 高校生でもおかしくないと思うけど……。もしかして、年齢を偽っていたの? 本当は私よりも随分年上なのかしら?」

 

「そんなことしてないわよ! 私はまだ、正真正銘十七歳なんだから!」

 

 

 今は七月。一月生まれのリーナは、三月生まれの深雪同様、まだ十八歳の誕生日を迎えていない。

 

「だったら何が問題なの?」

 

「任務なら兎も角、今更ハイスクールに通うなんて……」

 

「……自分はもう就職しているのに学校なんて、とか、そういうこと?」

 

「就職……ま、まぁ、そんなとこ」

 

 

 軍を抜け――半ば脱走のような恰好なのはリーナも自覚している――今の身分としては無職扱いなのだが、リーナは深雪が使った表現を訂正しようとはしなかった。

 

「でもアメリカでは、退役軍人が大学やビジネススクールに入り直すのはよくある事だと聞いているけど」

 

「大学なら良いのよ!」

 

「つまり、高校という点が気になっているの?」

 

「え、えぇ……」

 

 

 リーナに向けられる深雪の眼差しが、心なしか冷たくなっている。「呆れられている」とリーナが感じたのは、多分気のせいではないだろう。彼女の隣に座っているミアも、居心地が悪そうに身動ぎしたのを、リーナは横目で捉えていた。




軍人でもなければ学生でもなかったんだしな……引き篭もりニートだったんだな、リーナは……

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