深雪がリーナを視線で責め始めたのを見て、達也はリーナの説得に参加する事にした。このままでは埒が明かないと思ったのと同時に、リーナの隣に座っているミアが徐々に涙目になっているのに気づいたからだ。
「リーナ、一高に再編入してもらうのは仕事の一環だ。任務では無いが、依頼を受けた仕事を遂行するための手段だと考えれば、体裁を気にする必要は無いんじゃないか」
「仕事……そうね。私は護衛の仕事を引き受けたんだから、その為に必要な事を恥ずかしがるのは間違っているわよね」
自分に言い聞かせるリーナの表情は、どことなく嬉しそうだ。もしかしたらリーナは、また一高に通いたかったのか、と達也も深雪も思った。
「えっと……私が呼び出された理由は納得出来たんだけど、だったらミアはどうして? 彼女は年齢も上だし、高校に通えないと思うけど」
「ミアにはリーナの監視、身の回りの世話を頼みたい」
「私の監視ってどういう意味よ」
「言葉の通りだ。君が『九島リーナ』であることは疑っていないが、君が下手をすれば厄介事に発展するのは分かっているだろ? だからやり過ぎないよう、ミアに君を監視してもらうのが、母上が出した君を東京に呼び戻す条件だ」
「どれだけ信用無いのよ、私……」
自分がどういう立場なのか、リーナは言われるまでもなく理解している。USNA軍の人間は自分の事を血眼になって探しているだろうし、日本軍の人間からすれば、さっさとUSNAに送り返して終わらせたいとさえ思っているかもしれない。
そんな自分が大都会の中心で問題を起こせばどうなるか、そんな事は火を見るよりも明らかであり、リーナも街中で魔法を使うつもりはない。
「報告書を読んだ限りだが、巳焼島では随分と施設の壁を吹き飛ばしていたそうじゃないか」
「あれは、その……ちょっと加減を間違えてオーシャンビューにしちゃっただけよ」
「加減を間違えるって、貴女一応USNA軍の隊長だったのよね? そんなんで務まってたの?」
「好きでやってたわけじゃないわよ! というか、ちゃんとやってたわよ!」
リーナと深雪がぎゃあぎゃあやりだした隣で、ミアは不安そうな表情で達也を見詰める。その顔には「自分ではリーナを止められない」と書いてある。
「ミア一人に監視を任せるわけではないが、リーナもミアに『視られている』と分かっていれば、下手に魔法を発動させたりしないだろう」
「だから、私だって人前で魔法を使うつもりなんて無いわよ! そりゃ、パラサイト事件の際は達也の忠告を無視して宿主を殺しまくって面倒な事にしちゃったけど……私だってあれから成長してるんだから、少しくらい信用してくれても良いんじゃない?」
「本当に信用されたいのなら、巳焼島で貴女が吹き飛ばした壁の修理代を払ってちょうだい? 貴女が実験を手伝っていたという事で四葉家が修理費を捻出したけど、壊したのは研究とは関係ない時なのだから、貴女が払うのが筋だと思うのだけど」
「ほぼ着の身着のままでUSNAから日本に逃げてきた私に払えるわけ無いじゃないの! というか、もう少し達也が私の事を気に掛けてくれていれば、あそこまで魔法を暴走させることは無かったんだから、間接的な原因は達也にだってあると思うのだけど?」
「どんな理屈をこねくり回したらそういう結論になるのか、一度リーナの頭を分解して中身を見てみたいものね。そもそも達也様を取り巻く環境が悪化したのは、貴女の母国が原因なのよ? 達也様を宇宙の彼方に追いやろうとするだなんて、消し去られても当然のことをしようとしたんだから」
再びにらみ合う二人の頭を、達也が軽く叩く。リーナは兎も角自分まで叩かれるとは思っていなかったのか、深雪の目は少し非難めいたものになっているが、達也はとり合わなかった。
「言い争うのは良いが、これから一高に行くぞ」
「えっ、今から!?」
達也の言葉に、リーナが目を丸くして問い返す。つい先ほど巳焼島からこの四葉ビルに到着したばかりで、少し腰を落ち着かせたかったのかもしれないが、達也はその要求を無視した。
「そうだ。再編入については既に内諾を得ているが、本人を連れて頼みに行くのが筋だからな」
「それは、そうでしょうね……」
達也の言葉が道理だと思ったので、リーナはその事には抗わなかった。だが少し不満げな表情になってしまうのは避けられなかった。
「深雪も同行する。リーナ、早速だが頼む」
「『仮装行列』で深雪の外見を変えるのね。任せて」
達也のリクエストには、リーナは張り切って頷く。ただ単に再編入の挨拶に行くのは嫌だったが、任務のついでという事なら話は別なのだろう。
「あの、私はその間何を?」
一高に同行する必要のないミアは、達也にそう尋ねる。達也は少し考える素振りを見せてから、視線をミアに固定して答える。
「自分とリーナの荷物を整理しておいてくれ。それ程時間はかけないつもりだが、帰りが遅いようなら夕食の準備も頼む」
達也にそう言われ、ミアは嬉しそうに頷き、まずは自分の部屋へ向かう。その後姿を見送っていた達也の背中に、二本の視線が突き刺さっているが、達也は特に気にした様子もなく制服へ着替える為脱衣所に向かったのだった。
加減ミスでオーシャンビュー……