劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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意外なところでつながっている


不思議な縁

 達也たちが家を出る直前、明日から授業が再開される旨、一高から連絡があった。だが裏を返せば今日までは休校になっている。生徒だけでなく、教師も事務員も学校に出てきていない。校内にいるのは警備員と、特に仕事がある教職員だけ。にも拘らず、達也たちを乗せた電動セダンはゲートをあっさり通された。守衛に提示した身分証明書とハンドルを握る達也の顔は違っていたが、あらかじめ変装して登校すると連絡しておいたのが功を奏したのか、静脈認証で身分照合はパスできた。

 駐車場に電動セダンを駐め、三人は教職員用の中央玄関から校舎に入る。受付の事務員が見ている前で、深雪はワインカラーのシュシュを抜き、ポニーテールの髪を解いた。明るい栗色のストレートヘアーが背中に流れる。その直後、長い髪が黒絹の色に染まる。薄い茶色の瞳は黒曜石の漆黒に。顔立ちも、美少女という共通点以外は全く別物に。そこには事務員も良く知っている、第一高校現生徒会長が立っていた。

 彼女の変化に、三人の事務員は意識を奪われていたのだろう。深雪の隣に出現した達也へ、事務員三人は「いつの間に入ってきたのか?」という目を向けていた。

 達也は自分に向けられる訝し気な視線に、満足を覚えていた。偽装は上手くいっているようだ、と。その心の裡をおくびにも出さず、達也は窓口の事務員へ「校長先生に面会したい」と取次ぎを依頼した。

 

「うかがっています」

 

 

 事務員は、相手が生徒だと気安い態度は取らなかった。達也の申し出を受けた女性事務員が席を立ち、廊下の扉から出てきて達也たちを先導する位置に立つ。校長室は一階の、中央玄関から程遠くない所にある。達也たち三人の到来が事務室から内線電話で伝えられていたのだろう。女性事務員のノックには、すぐに応えがあった。

 

「失礼します」

 

 

 事務員を廊下に残して、達也、リーナ、深雪の順番で中に入る。室内にはデスクの奥に座る百山校長と、デスクの横に立つ八百坂教頭の二人が待っていた。

 

「来なさい」

 

 

 腰を下ろしたままの百山が、尊大な口調で指図する。達也は言われるままに、デスクの正面へ歩み寄る。彼の右後ろにリーナが、左後ろに深雪が立った。

 

「本日はお忙しい中、お時間を作っていただきありがとうございます」

 

「君の用向きは御母堂から聞いている」

 

「それでは改めて申し上げます。本日共に参りました、こちらの九島リーナさんを本校生徒として受け入れていただけませんでしょうか」

 

「事情は知っている」

 

 

 百山はそう答えて、達也ではなくリーナに鋭い光を湛えた目を向けた。その迫力に、リーナが思わず身を固くする。百山は厳しい表情のまま、重々しい声でリーナに話しかけた。

 

「この第一高校は学び舎で、私は教育者だ。学びを求める者を拒みはしない。君に本気で高校生として学ぶ気があるならば、私は第一高校の責任者として君を受け容れよう」

 

「やる気はあります!」

 

「……実を言えば、防衛省から彼女を編入させないよう圧力が掛かっている」

 

「それは……ご迷惑をお掛けしました」

 

 

 達也は驚きを隠せなかった。軍がそこまでなりふり構わない態度に出るとは、彼も考えていなかった。

 

「司波君、君の謝罪は不要だ。当然、そんな横車に従うつもりは無い。魔法師であろうと、教育を受ける機会を奪われる事があってはならない。九島君、これは君の祖父君、九島健氏の信念でもある」

 

「……祖父とお知り合いなのですか?」

 

「祖父君と私は魔法師として生まれた青少年の教育がどうあるべきかを共に模索した同志であり、彼は私にとって尊敬出来る年長の友人、兄のような存在であった」

 

 

 百山の目には懐古の念が穏やかな光となって表れている。リーナは思いがけない縁に驚くばかりだ。

 

「祖父君・九島健の兄である九島烈は魔法師の権利保護の為に自らの地位を懸けて戦い、九島健本人は魔法師にも人間的な教育が与えられなければならないと強く訴えた。その代償として九島烈は少将の地位を引かねばならず、九島健はそれより前に事実上日本から追放される形でアメリカに派遣された。だが彼の行為は無駄ではなかった。この魔法大学付属高校が現在のような方針で運営されているのは、九島健の主張が多少なりとも認められた結果だ」

 

「存じませんでした」

 

「公に口外する事が禁じられているからな」

 

 

 達也の正直な一言に、百山が初めて笑みを見せた。苦笑という名の笑みではあったが。

 

「私も九島健と信念を同じくする者だ。故に、九島君。君の教育を受ける権利を軍に損なわせたりはしない。それが何処の国の軍であろうとも」

 

「……ありがとうございます」

 

 

 リーナが神妙な表情で頭を下げる。しかし百山の言葉は、それで終わりではなかった。

 

「ただし、君の目的が学ぶこと以外にあると判断した場合は、如何なる保護も期待してはならない」

 

「学びたいという気持ちは本当です。私はまた、この学校に通いたい」

 

「その願い、この百山東が叶えよう。無論、編入試験に合格する事が条件だが」

 

「では、編入試験を受けさせていただけるのですね」

 

 

 達也は打ち合わせに無かったリーナの熱意に驚きながらも、それを押し隠して落ち着いた口調で八百坂教頭に尋ねた。

 

「九島さんに差支えが無ければ、さっそく明日にでも編入試験を受けてもらいます」

 

「明日……」

 

「試験科目は魔法理論と実技です。九島さんが一年生の時の学力を維持していれば確実に合格できます。合否判定はその場で出ますので、早ければ明後日から通学できますよ」

 

「……ガンバリマス」

 

 

 八百坂に向けられた笑みを見て、リーナの口調は少し硬く、また表情も少し引き攣っていた。




ちょっと不安のリーナ……

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