劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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そこはかとなくするおバカ臭……


学力問題

 校長室の外に出て、リーナはホッと息を吐いた。どうやら緊張していたらしい。軍務とは勝手が違うのだろうと好意的に解釈して、達也も深雪もそこには触れなかった。

 

「大丈夫よ、リーナ。私が教えてあげる」

 

「ウッ……うん、お願い」

 

 

 一瞬リーナは逃げ出しそうな気配を見せたが、結局観念した顔で頷いた。本当なら達也に教わりたいのかもしれないが、達也には時間的余裕はないし、何より深雪が達也と二人きりになるシチュエーションを許すはずもなかった。

 

「では、すぐに帰って勉強だな」

 

 

 深雪を連れてきたのは『仮装行列』のテストという面もあったが、生徒会室が使えるようなら過去のテスト問題を引っ張り出して編入試験対策をしようと言う意図もあった。だが残念ながら、生徒会長の深雪にも休校中の学校施設は勝手に使えないとの事。であるならば、校内に残っている理由はない。

 

「リーナ、頼む」

 

「OK」

 

 

 リーナが達也の声に頷くのと同時に、深雪は手首に着けていたネイビーブルーの小さなシュシュで髪をポニーテールに纏めた。

 リーナの視線に、深雪が頷き返す。変化は、一瞬だった。深雪の髪色が明るい栗色に。髪を纏めるシュシュがワインカラーに。瞳の色は淡い茶色に変わる。そこに立っているのは、リーナによく似た顔立ちの、深雪とは全くの別人だった。

 

「何度見て、見事なものだ」

 

 

 そんな感想を口にした達也も、ニューメキシコの若手ミュージシャンの顔に変わっている。声まで顔のイメージに相応しいものに変化していた。

 

「似合っていますか?」

 

 

 深雪が別人の顔と別人の声で尋ねる。

 

「いや、俺は素顔の深雪が一番だと思う」

 

「……ありがとうございます」

 

 

 ただ、はにかむ表情と仕草は何時もと変わらない。二人を見るリーナのげんなりした顔も、何時も通りのものだった。

 

「いちゃつくのは良いんだけど、この学校でそんな事をしてるのは私が知る限り達也と深雪、後は啓と花音くらいだったと思うんだけど? 変装してるからって油断してちゃ、仕草とかで見破られるわよ?」

 

「大勢の前でこんなことするはずないでしょ? それともリーナは、大勢に見られながらしたいの?」

 

 

 一瞬何を『したい』のか分からなかったリーナだったが、深雪が意図した意味に気付くと、顔を真っ赤にして反論する。

 

「そ、そんなわけ無いでしょ! というか、深雪ってそんな趣味があったわけ!?」

 

「達也様となら、どんなシチュエーションでも構わないとは思ってるわよ? まぁ、出来る事なら二人きりの方が良いのだけども」

 

「当たり前よ! というか、貴女随分とアブノーマルな思考の持ち主だったのね……」

 

 

 思いっきり呆れてから、リーナは自分が一高に通っていた時の事を思い出して妙に納得した表情に変わった。

 

「そういえば貴女、達也と血の繋がった兄妹だと思っていた時から、達也の事を恋愛対象として見ていたわね……」

 

「恋愛対象とまでは言って無いわよ? でも、達也様以上の異性がいるとは思っていなかったけども」

 

「十分恋愛対象として見ていたと思うけどね……ほのかや雫の事を、応援しているようでいて邪魔していたもの」

 

「あら? 貴女が交換留学生として来ていた時、雫はUSNAにいたはずなのだけど?」

 

「いろいろと情報網があるのよ、私にだって。というか、ほのかたち以外にもそんな感じだったし、あれで恋愛対象として見ていないって言うのは無理があると思うのだけど」

 

「仕方ないじゃない。私はあくまでも妹でしかないのに、ほのかたちは達也様の彼女になろうとしていたのだから」

 

 

 頬を膨らませて抗議する深雪に、リーナはもう一度ため息を吐く。

 

「深雪に魔法力が無かったら、無理矢理にでも突破しようとする人がいたかもしれないわね」

 

「そうね。昔は魔法の才能なんて別に嬉しくなかったんだけど、そう考えるとあって良かったわ」

 

 

 リーナの嫌味に気付くことなく、深雪は本気でそう思い始めた。嫌味をまともに受け取られてしまい、リーナは困ったように達也に視線を向けるが、達也はリーナの視線を無視した。

 

「そろそろ帰るぞ。リーナの学力がどの程度かは知らないが、勉強しておくに越した事は無いだろうからな」

 

「なっ、私はそれなりに頭がいいんですからね!」

 

「リーナ、本当に頭がいい人は自分でそんな事言わないのよ?」

 

「ウッ……そりゃ並みの成績以上は採れるでしょうけども、胸を張って言える程自信があるわけじゃないのは確かよ」

 

 

 高校に通わずに働いていたのだから仕方ないだろうと言いたげな表情を浮かべるリーナに、深雪は仕方ないわねと言いたげな表情を浮かべる。

 

「さっきも言ったけども、家に着いたら私が勉強を教えてあげるから。間違っても不合格にならないようにね」

 

「不合格にはならないとは思うけども、お願いします……」

 

 

 リーナの実技成績は深雪に匹敵する結果を残すだろうと疑っていない達也は、たとえ理論の成績が悪くても合格は出来るだろうと考えている。だからといって理論を疎かにして良い理由にはならないので、深雪たちのやりとりにツッコミは入れずに駐車場へと向かうのだった。




本当のところはどうなんだろうな……

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