早朝から八雲の寺で修行、日中は授業や論文コンペの準備、そして夜遅くまで聖遺物の解析と達也の一日はハードスケジュールになっているのだが、その事を誰にも知られる事も無く、特に何かに影響が出る事も無く全ての作業を進めている。
達也が忙しいのはクラスメイトたちも知っているので、何処かに出かける時も達也を誘うのは憚れるのだった。
「放課後如何するんだ? 達也も誘うのか?」
「誘いたいけど忙しそうでしょ? 息抜きって名目で誘えるかもしれないけど……」
「エリカ、邪魔だけはしない方が良いよ」
「ミキに言われなくても分かってるわよ!」
「僕の名前は幹比古だ!」
このようにエリカたちも達也を誘うべきなのか如何かで頭を悩ましているのだ。普段なら気にしないで誘うエリカも、さすがに事が大きい為に誘い難さを感じているのだ。
「じゃあ深雪だけでも誘う?」
「でもエリカちゃん、達也さんが来ないのに深雪さんは来るのでしょうか?
「そこなのよね~。あのブラコン娘がお兄様を置いて遊びに来るかしら」
本人には聞かせられないような事をあっさりと言ってのけたエリカを、三人は驚愕の目で見つめた。生徒会長選挙以降、冗談でもそんな事を口にする人間は居なくなっていたのに、エリカは特に気にした様子も無く言い放ったからだ。
「別に気にしなくて良いでしょ。深雪に聞こえる訳でも無いし、悪口でも無いんだしさ」
「十分悪口だって。エリカだってお兄さんの事言うと……」
「あによ?」
「何でもないです……」
付き合いが長いのにこうして地雷を踏んでしまうのは、幹比古がそういった星の下に生まれたからなのだろうか。兎に角エリカが急激に機嫌を悪くした為に幹比古は黙ってしまった。
「それで如何するんだ? 達也を誘うのか誘わないのかどっちにするんだよ?」
「俺が何だって?」
「おっ? 今日は図書室じゃねぇのか?」
「そろそろ時間だろ」
時計の針は午後の授業開始直前を指しており、達也の言う通りそろそろ時間だった。
「今日の放課後みんなで出かけるんだが、達也も来るか?」
「悪い、まだいろいろと忙しいんだ」
「そか。それじゃあ俺たちだけで出かけるか」
「そうしてくれ。一段落したら一緒に出かけられるだろうから、その時にまた誘ってくれ」
「了解」
こういった時のレオの行動力は目を見張るものがあると、三人は思考を同じくした瞬間だった。
「? 如何かしたのかよ」
「いや……レオ、君は凄いね」
「そうか? てか何がだよ」
「自覚してないから残念なのよね……」
こうして結局達也は放課後も論文コンペの準備に勤しむ事になるのだった。
図書室での資料集めも大体終わり、達也は鍵を返す為に受付に顔を出した。すると見知った顔があった。
「平河先輩?」
「あっ、司波君」
「受験勉強ですか?」
ついこの間真由美には別の聞き方をしたのだが、それで怒られたので達也はそう切り出した。だが小春が図書室に来ていたのは別の理由だったらしい。
「少しでも手伝えないかと思ってね。代表を押し付けた形になっちゃったから」
「そうですか。でも今のところは問題無くやれてますよ」
「そう? やっぱり司波君は凄いのね」
「元々取り組んでたテーマだからですよ。まったく知識が無いものだったらここまでは出来ませんから」
達也は受付に鍵を返し一礼して図書室から出て行く。だが何故か小春も達也と同じく図書室から出てきたのだった。
「今来たのでは?」
「司波君を探しに来ただけだから。それに、少し相談したい事があって……」
小春の雰囲気から何かあったのはさっきから気が付いていた。だがまさか自分に相談してくるとは達也も思っては無かったのだった。
「相談ですか?」
「千秋の事でちょっと……」
「何かあったのですか?」
「最近帰りが遅かったり休みの日も何処かに出かけてるみたいなのよ」
「はぁ……」
千秋だって高校生なのだから、多少帰りが遅くなったりもするだろうし休日に出かけたりもするだろうと思った達也は、そんな返事をするだけであまり重大な事だとは思って無かった。だが小春の心配の仕方は尋常ではなかった。
「今までなら遅くなる時はちゃんと連絡くれたし、休日に出かける時は必ず私を誘ってくれたのに……」
「平河先輩の事を気にしての行動では無いのですか? 負担をかけたくないとか」
シスコンの心配事を聞かされる身にもなって欲しいと思った達也は、いい加減に聞こえない程度に気を抜き一つの考えを口に出した。
「でも! 最近何か怪しいサイトにアクセスしてるっぽいし」
「その情報は何処から?」
「千秋が使ってたのが共通の端末だったから」
「………」
ここまで来ると賞賛すら送りたくなるくらいのシスコンっぷりに、達也は言葉を失った。だが長い間彼が黙る事は無かった。
「心配なら直接聞いてみたら如何です? 家には帰って来てるんですよね?」
「そうなんだけど……大丈夫としか言わないのよね」
「平河先輩は? その言葉を聞いて如何思ったのですか?」
達也の問いかけに、小春は少し考えてから答えた。
「信じたいとは思うけども、何となく危ない事をしてるような雰囲気も感じ取れたわ。千秋の事だから変な事に巻き込まれてるって事は無いとは思うけど……」
「そうですか。ならそれを信じましょう」
「でも!」
「疑うには証拠も少なすぎですし、実際に危ない事に巻き込まれてるのならば千秋も相談してくるでしょうしね」
「そうだけど……」
達也の多少楽観的な態度に、小春は不満を覚えた。だが達也の言うように疑うには証拠が少なすぎるし、実際に何かがあった訳では無いのだ。もちろんあってからでは遅いのだが、現段階で疑うには早計過ぎるという達也の考えもあながち否定出来ないのだった。
「では俺はこれで。さっきから怖い目で見てる先輩が居るので」
「へ? あっ、七草さん……」
「こんにちは平河さん、達也君も」
「今日は如何されたんですか? 受験勉強は良いのでしょうか?」
達也のセリフは嫌味ではなく挨拶程度の意味しかなかったのだが、真由美には嫌味に聞こえたのだった。
「良いの! 考えても調べても分からないものはしょうがないんだから!」
「何ですそれ……」
達也は真由美が机に叩き付けた問題に目を通しスラスラと解き始めた。
「何で解るの!?」
「よければ教えましょうか?」
「けっこう……お願いします」
年上の意地を見せようとしたが、先に自分には解けないと暴露してしまった為大人しく達也に教わる事にした真由美。考え方を変えれば達也と一緒に居られる口実が出来た訳で、真由美にとってプライド以外には何も問題無い事だったのだ。そして達也と一緒に居られる時間は、真由美にとってプライドよりも重要だったのだ。
「七草先輩?」
「えっ? 何かしら」
「聞いてます?」
「うん、聞いてるわ。それで此処なんだけど……」
ふざける事も無く真面目に勉強したおかげで、この勉強会が深雪にバレても魔法を発動させる事は無く、むしろ誇らしげにしたという……
真由美が嬉しそうな理由も、深雪が誇らしげな理由も、皆さんなら分かりますよね。