劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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目立たないわけがない……


目立つ二人組

 七月十一日、木曜日。三日間の休校を挟んで今週初の登校日だ。最寄駅から一高へ続く通学路を校舎に向かう生徒たちの間に、夏休みが近づいている事による一足早い開放感とは別の理由で、ざわめきが起こっていた。

 一、二年生の間では「あの金髪美少女の女子生徒は誰?」という声が多く、三年生の間では「シールズさん/リーナ(ちゃん)が何故?」と質問し合う姿が見られた。そして全学年に共通して「あのポニーテールの美少女は何者? 編入生?」という疑問が呈されていた。そもそも魔法大学付属高校は原則として、編入生を受け入れていない。退学した生徒で減った分は、補充せずにそのままだ。

 もっとも、編入と言う制度はある。その制度が適用された事も、過去にに数件ではあるが記録されている。生徒が懐疑的ながら編入生の可能性を排除していないのは、それを知っているからだった。

 彼らの話題になっているのは金髪をツインテールにした青い瞳の少女と、明るい栗色の髪をポニーテールにした淡い茶色の瞳の少女。二人の顔立ちはよく似ている。リーナの事を知っている三年生もそうで無い下級生も、二人は親戚同士ではないかと考えていた。

 彼女たちを見ているのは、生徒だけではなかった。通学路のそこかしこには、記者の姿が見え隠れしている。マスコミの目的は新戦略級魔法『海爆』の取材だ。彼らの第一の狙いは『海爆』の共同開発者である達也のコメントだが、彼の従妹である深雪もインタビューの対象になっていた。マスコミはまずFLTに押しかけたのだが達也は出社していないと突っぱねられ、引っ越し前の府中の自宅に押しかけたのだが、あそこは現在空き家になっている。

 無論その程度でマスコミが諦めるはずもなく、彼らはFLTにしつこく食い下がる者、府中の家に未練がましく貼り付く者、そして通学路で達也と深雪を待ち伏せする者の三勢力に分かれて記事のネタを追い求めているのだった。

 今日から魔法科高校の授業が再開される事実は、秘密でも何でもない。公式サイトにも掲載されている。達也と深雪のコメントを求める記者は、朝早くから通学路に張り込んでいた。だが残念ながら、彼らは目当ての生徒を見つけられなかった。大勢の生徒たちの中で目立っている金髪と茶髪の二人組にはマスコミも目を留めていたが、ターゲットは何時現れるか分からない。美少女と言うだけではニュースバリューも定かでない女子生徒に割いている時間は、彼らには無かった。

 そういうわけで、マスコミの注意はリーナたちからすぐに逸れた。ただ、生徒以外でリーナたちに注目している者はいなかったかと言うと、そんな事は無かった。

 全国展開しているコーヒーチェーン店の二階席窓際で、記者に見えなくもないラフな格好をした四十歳前後の二人組が通学路を行くリーナを見下ろしていた。

 

「……東京の外れとはいえ、こんな街中を堂々と歩いているとはな」

 

「あれは本当にアンジーなのか?」

 

 

 その片方が、呆れ越えで呟きを漏らすと、もう一人がその独り言を拾って問い返した。二人が喋っているのは英語だ。顔立ちも東アジア系ではあるが、生粋の日本人の物ではない。もっともそんな事を気にする人間は、店員にも疎らな客の中にもいなかった。

 

「あの特徴的な外見だ。見間違えるほど、似ている人間がいるとは思えない」

 

「隣の女はよく似ているぞ? 髪と瞳の色を変えればそっくりだ」

 

「アンジーは偽装魔法を得意としている。もう一人の方は変装だろう。何故自分に似せているのかは分からないが」

 

「もしかして、ヤツのフィアンセの一人か?」

 

「その可能性はある。あくまでも可能性だが」

 

 

 金髪と茶髪の美少女が遠ざかっていく。二人組の男は、彼女たちから視線を外して真っ直ぐ向かい合わせに座り直した。

 

「あれがアンジーだとしても、我々の仕事は脱走兵の粛清ではない」

 

 

 疑問を呈した方の男が、慎重な口ぶりで会話を再開させる。リーナをアンジーと断定した方の男も、その言葉に頷く。

 

「そうだな。だがとりあえず、本国に報告はしておくべきだろう」

 

「それについては同意する。ただ茶髪の方のヤツがフィアンセの一人だとすれば、そちらの方が重要だ」

 

「ああ。アンジーが介入してくる可能性を含めて、作戦を再考する必要があるな」

 

 

 男たち――USNA軍非合法工作部隊イリーガルMAP・ホースヘッド分隊所属の二人は、それぞれカップの中身を一気に飲み干して椅子から立ち上がり店を出る。

 リーナたちを見ていた男二人が店から完全に離れたのを確認して、その二人を監視していた影が姿を現わし、嘆かわし気に呟く。

 

「やれやれ、リーナさんを護衛にした所為で余計な相手が深雪姉さまに気付いてしまったかもしれませんね」

 

「お嬢、如何致しましょう?」

 

「彼らには監視を。達也さんには私から連絡をしておきます」

 

「かしこまりました」

 

 

 深雪の護衛としては不適格とされた亜夜子ではあるが、彼女の諜報能力は四葉分家の中でもかなりのものである。マスコミとは違う敵を探し出すのに、亜夜子は都合が良かったのだ。

 

「さて、達也さんはアイツらをどう処分するのかしら」

 

 

 初めから達也が負けるとは思っていない亜夜子は、先ほどの男たちの会話を録音したデータを添付して、達也にメールを送るのだった。




監視してるつもりで監視されているなんてな……

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