劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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個人的には全面協力するだろうけども


藤林家からの情報提供

 深雪とリーナを送り出した達也は、マンションの地下にいた。調布のマンションの地下には、府中の自宅より遥かに高性能の機器が調った研究フロアが設けられている。実質的に、達也一人のための研究室だ。分家の人間がどのような感情を懐いていようと、トーラス・シルバーとしての実績、四葉家の財政面への貢献は無視できない。

 達也はここで、二日間にわたる『仮装行列』の観測結果を魔法学の枠組みに当てはめて科学的に整理しようと試みていた。感覚的に認識するのではなく、理論的に把握する事で今までに見えてこなかった『仮装行列』攻略の糸口がつかめるのではないかと期待しての事だ。

 しかしコンソールに向かって約一時間、午前九時に予定にない来客の知らせを受けて、彼は作業中断を余儀なくされた。地下三階の研究フロアから地上二階の応接室へ。そこで待っていたのは藤林響子だった。

 

「おはようございます。今日は軍服ではないんですね」

 

「おはよう、達也君。今日はお休みをいただいているのよ」

 

「どうぞおかけください……それでは、藤林さんとお呼びするべきでしょうか」

 

「別に名前でも構わないけどね」

 

 

 ソファに腰を下ろした響子は、軍人ではなく私人としての用件だという意図を込めて頷いた。彼女の方は最初から『大黒特尉』ではなく達也を本名で呼んでいる。そのタイミングでノックの音が室内に響き、達也の「どうぞ」という声を認識してドアが自動で開く。入ってきたのはワゴンを押した、ロングスカートのワンピースに白いエプロンをつけた若い女性だった。彼女は響子の前に置かれた紅茶を新しいものに替え、達也の前にコーヒーを置いた。

 

「藤林さん、別の飲み物がよろしければ、交換させますが」

 

「いえ、これで結構よ。ありがとう」

 

 

 最後の一言は給仕の女性に向けた言葉。エプロンの若い女性はニッコリ笑って一礼し、再びワゴンを押して部屋を出て行く。

 

「彼女、相当の手練れね。人材が豊富で羨ましいわ」

 

「あの女性は戦闘要員ではありませんよ。それで、本日のご用件を伺っても? 藤林中尉としてのお越しでないなら昨夜の電話の続き、リーナの事で抗議に来られたのではありませんよね?」

 

「本日は藤林家当主、藤林長正の代理人として謝罪に参りました」

 

 

 居住まいを正し言葉遣いを改め、響子は深々と頭を下げる。

 

「謝罪とは? 心当たりがありませんが」

 

「藤林家一族の一人、九島光宣が為した司波家に対する無法の数々に対して、当主として謝罪したいと申しております」

 

「一族といっても血縁関係はないはずですが……」

 

 

 達也は当惑気味の口調で響子に問い返す。藤林家当主、藤林長正は響子の父親。長正の妻が光宣の父である九島真言の妹。系図的には光宣は長正の甥にあたるが、義理の兄の息子だ。表向きは長正との血の繋がりはない。

 裏の事実で言っても、光宣は真言の精子と長正の妻である真言の妹の卵子を人工授精させた受精卵をベースにしており、やはり長正との血縁は無い。光宣の行為に、九島家なら兎も角、藤林家が責任を感じる必要は無いはずだった。

 

「たとえ血のつながりがなくとも、妻の息子であれば藤林家の一員。当主はそう考えています」

 

「……分かりました。しかし藤林さんは、単に謝罪の言葉を伝えに来たのではないのでしょう? 何か他に用件があるのではありませんか?」

 

「用件と言うより実質のある――言葉だけではない謝罪です」

 

「……伺いましょう」

 

「これを」

 

 

 藤林はハンドバッグの中から大容量のストレージであるソリッドキューブを取り出して、達也との間にあるローテーブルに置いた。

 

「藤林家の、謝罪の印です。お受け取り下さい。中には『仮装行列』の起動式及び運用方法と、東亜大陸流古式魔法『蹟兵八陣』の詳細を記した文献が記録されています」

 

「いいんですか? 『仮装行列』は九島家の秘術でしょう?」

 

「……本来であれば九島家から差し出させるべきところですが、提供の同意を得るのが精一杯でした」

 

 

 九島家から同格の四葉家に秘術を差し出すのはプライドが許さない。だから、藤林家から司波家に提供する形をとったという事だろう。くだらないとは思うが、理解出来る話だった。

 

「ありがたく頂戴します」

 

 

 どのような思惑があるにせよ、『仮装行列』の詳細を九島家から何とかして入手したいと考えていた知識だ。軽く頭を下げた達也に、藤林は目礼を返す。

 

「『蹟兵八陣』は『鬼門遁甲』を応用した大規模結界構築の技術です」

 

「光宣の隠れ家は、その術で構築されているということですか?」

 

「私たちはそう考えています」

 

「至れり尽くせりですね……」

 

 

 響子が嘘を吐いているのでなければ、達也が欲した知識が一気に手に入った事になる。少々都合が良すぎると、彼でなくても考えたに違いない。

 

「私たちは達也君に、光宣君を捕まえて欲しいと期待しているわけではないの。父と真言伯父様は、自分たちの手で光宣君を捕らえるつもりです。達也君に手を引けと言うつもりは無いけど、出来れば私たちに任せて欲しい。これが父の本音よ」

 

「共闘は出来ないのですか?」

 

「……父には、達也君の要望を伝えます」

 

 

 達也に引く気が無いのは、分かり切った事だ。響子は急ぎ実家に戻って相談すると付け加えて、席を立った。部屋を出る直前、少し名残惜しそうにしていたのは、達也の見間違いではなかっただろう。




名家旧家のしがらみって面倒なんだろうな……

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